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美しい人――高嶋ちさ子さん|中野信子「脳と美意識」

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 ちさ子さんにはじめてお会いしたのはあるテレビ番組の収録でのことだ。ちょっとハスキーで弾けるような声でテンポよくお話をしたり快活に笑ったりするさまが印象的で、ああこの人は周りの空気を読んで振る舞うような人ではなくて、みずから空気を作る人なんだな、と思った。ちさ子さんに一度でも直接会ったことのある人は、その力強さと前向きさに、惹き込まれるような感じがするのではないかと思う。

 私たちは常に、社会――世間と言い換えてもよい――つまり属している組織、地域、ムラからの無言の圧力を意識して生きている。個人の意思決定を優先するよりは、「みんな」の利益を優先することを「美しい」振る舞いであるとして求められてしまう。そして、そこから逸脱すると、寄ってたかって攻撃をその人に加えようとする。ルール側に立った正義中毒の人々にいつ猛攻を受けるかわからない恐怖に、口を塞がれてしまう。

 そうした息苦しさのある中、視聴者は、自分が本当は言いたい、あるいは言いたかったことを遠慮なく口にしていくちさ子さんを見て、痛快だとも面白いとも思い、支持するのだろう。

 はっきりとものを言うちさ子さんの言動から、「高嶋さんといえばすぐキレる人」というイメージを持っている人は多いかもしれない。しかし、ちさ子さんは実際には、いつも合理的にものを考えている人だ。感情に任せて発言しているようで、相手を立ち直れないほど貶めるようなことは決して口にしない。彼女は、言いたいことを全部口にしたら、人間関係が大変なことになる、だから抑えるべきところは抑えているし、キレているというよりは求められた姿を見せられるようにしている、と言う。「怖い」というイメージが定着しているように見えるのは、番組の演出が奏功しているのだともいえるし、彼女の努力の結晶でもある。本人は江戸っ子らしくそういったことを自分からアピールすることに照れを感じるタイプのようであるから、面と向かって褒めると恥じらいの笑顔を見せたりすることもあり、そうした一面もまた魅力的だ。

 ちさ子さんはタレントである前にヴァイオリン奏者であり、音楽家らしく感情表現が豊かな人である。たとえば疑問を感じたとき、一般的な人であれば首を傾げる程度のことでも、ちさ子さんは体を大きく仰け反らせるようにして、声量も豊かに「はあああ?」と反応する。その姿が画面に映えるので、TV番組ではこうしたシーンがよく使われ、「また高嶋ちさ子さんがキレてる」と受け止められる。でも、本当にキレたり誰かを攻撃したりしているのではなく、見せ場をつくって盛り上げようとしているのだ。舞台で演奏する人であるから、そのあたりの勘所の掴み方はさすがである。

 自らが先陣を切る振る舞いを見せることで、周囲に与える影響まで無意識的にではあっても計算しているのであるから、単なるキレやすい人とはまったく違う。世の中には感情の赴くままに突発的にキレる人もいるが、ちさ子さんはそんな無駄な振る舞いはしない人だ。キレることによってかえって状況を悪化させたり、対応すべきことを意味なく増やしてしまったりすることをきらう人である。

 ただ、「怒る=よくないこと」という風潮があるが、一概にそうも言えないということは指摘しておきたい。怒りは惹起する条件が存在し、人間であれば誰もが自然に持つ感情だ。たとえば、病原体が人体に侵入すると、免疫系の応答を惹き起こし、発熱などの症状が出る。これは、自分に害をなす病原体に侵されまいと必死で体が戦っている状態である。これと同じことが、心でも起こる。自分を侵されまいと、危険を感じたり、相手から不当な目に遭わされたとき、私たちは怒りで自身を守るのである。

 怒りは、私たちが生きていくために必要な武器でもあるのだ。これをうまく使いこなすことができなければ、都合よく他者から搾取され続けたり、過度に自責的になったりして、大きな苦痛を味わうことになりかねない。

 ちさ子さんは、計算しているというよりは、ごく自然体なのではあるが「キレる」を使うことが上手な人である。もちろん実際には、本当は人並み以上に空気を読む人でもある。そうでなければ、ソロでの演奏ならまだしも、「12人のヴァイオリニスト」を率い、息の合った演奏の必要な弦楽器のコンサートを開くなどということは到底、覚束ないだろう。しかも、サントリーホールをいっぱいにするなんて。いかにテレビでの露出があったとしても、並みの演奏家にできることではない。

 ちさ子さんの「キレる力」は、閉塞感をもたらす空気を「キル力」でもある。彼女が小気味よく、澱んだ空気を自然体で切り開いていくさまを、美しいと思っている。

(連載第22回)

■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。
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