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「女性」総長退任の辞|田中優子

文・田中優子(法政大学前総長)

この3月末日で法政大学総長(学長と理事長を兼務する仕事)の任期が終わった。総長に就任したのは2014年4月である。就任前からさまざまな取材があり、入学式も雑誌に取り上げられた。その理由は「東京六大学で初の女性総長」だからである。

今回、この巻頭随筆に誘っていただいた時も、「東京六大学では初の女性総長ということで」と書いて下さったのだが、そう言えばこの7年、東京六大学で2番目、3番目の女性総長は出現していない。ジェンダーギャップはあまり変わっていなかったのだ。

相変わらず女性は「トークン」になる。トークン(token)とは象徴のことで、マイノリティであるという理由で珍しがられ、例えば「初の~」などという言葉で象徴化されることを言う。少数者でなくなる最低限の割合をクリティカル・マス(Critical Mass)と言い、通常30%とされる。そこで企業その他の諸組織は2020年までに女性管理職30%を目指したのだが、全く届いていない。

とは言え、クリティカル・マスが達成できなかった点では法政大学も同じだった。2016年に「ダイバーシティ宣言」を出して多様性を重視してきたのだが、職員の管理職や理系学部の女性教員の割合は伸び悩んだ。そこで2020年度は男女共同参画推進タスクフォースを立ち上げて集中的に審議し、退任前になんとか、今年度から動き出す推進チームを創った。大学教員のジェンダー平等については、国立大学の方が力を入れている。国の政策を反映させねばならないのが一つの理由だが、人事に余裕があるのももう一つの理由だ。ぎりぎりの人数で動かしている私立大学では、退職した教員のポストは、同じ分野や専門で埋める必要がある。特に理系研究者に女性が少ないので、専門を限って募集すると男性ばかりになるのだ。しかし女性の入学者は増加している。ジェンダー平等にふさわしい組織にしておかなければ、大学は硬直したままになる。

退任後、常務理事会も副学長組織も男性ばかりになるだろうか、と危惧した。しかしバイリンガルで外国籍の女性教員が常務理事兼副学長になってくれた。理事会にも初めて女性が入ることになった。事務のトップである本部長には以前から、大変有能な女性本部長がいるが、継続してくれた。そして女性学部長の数が歴代で最高の4人になった。学部長会議の女性比率は約27%である。こうしてほんの少しずつ、変わっている。

在任中、マスコミのインタビューでよくされる質問があった。「女性総長であることで、困ることはありませんか?」である。「男性であることで困ることはありませんか?」などと聞かれる男性の総長も学長も社長もいないだろう。何を想像しているのか疑問に思いながら「全くありません」と答えてきた。「女性であることを意識しましたか?」という質問もあった。「全くしていません」と答えた。なぜなら総長とは地位や権力を意味するのではなく、仕事の種類につけられた名称だからだ。どこかのポストをまかせられたら、そのポストの役目を果たすべく全力を尽くす。当たり前のことだ。男も女もない。個人の問題だ。ただし総長という仕事は、就く人の専門や思想や性格や得意不得意によって、表現の幅や色合いが異なる。それは個性の違いであって、性差ではない。

北欧や台湾など、多くの女性が活躍する国ではクォータ(quota=割当)制度の導入によって社会を変えた。なぜ制度を変えてまで数値達成を目指すのか。それは、現代のように変化の激しい何が起こるかわからない世界では、人や能力の多様性が変化を柔軟に乗り越える鍵となるからだ。ニューロ・ダイバーシティ(神経構造の多様性)という言葉がある。例えば発達障害のような特性もひとつの個性とみなして、それに相応しい仕事や活動の場が得られるようにしたことで、AIの世界は大きな飛躍を遂げた、という。女性30%の達成は、ダイバーシティ実現の第一歩なのである。

就任してすぐにSGU(スーパーグローバル大学創成支援)に採択され、同時に初めての長期ビジョンを作り、そのアクション・プランを策定し、中期経営計画に落とし込み、不足があればタスクフォースを作って計画に入れていった。日本のダイバーシティも、そのような計画性が必要である。

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