
【86-芸能】ネットフリックス一強 本のテレビ業界は 軍門に降る手もある|牧野洋
文・牧野洋(ジャーナリスト・翻訳家)
ストリーミング配信に国境はない
「世界で最も価値あるエンターテインメント企業」はどこか? 正解は米ウォルト・ディズニーでなく、米ネットフリックス(Netflix)だ。
映画スタジオやテーマパーク、地上波・ケーブルテレビを有するディズニーは長らくエンターテインメント企業の王者として君臨してきた。それなのに、2020年10月1日時点の株式時価総額は円換算で23兆円強であり、ネットフリックスを1兆円ほど下回っている。
新型コロナウイルスの猛威が続くなか、映像のストリーミング配信世界最大手ネットフリックスは2020年前半だけで加入者数を2600万人増やし、成長を加速させている。年初から株価は63%高になり、15%安のディズニー株を圧倒。ディズニーは2019年11月に鳴り物入りで競合サービス「ディズニープラス」を投入したのに、である。
日本のテレビ業界にとって対岸の火事と思ったら大間違いだ。国境を越えない地上波放送に競争が限定されるのならば、テレビ業界がガラパゴス化していても何ら問題はない。だが、ストリーミング配信に国境はない。
ネットフリックスは「史上初のグローバル・インターネット・テレビネットワーク」を標榜し、2015年には日本市場に参入。2020年8月末までに加入者数500万人を獲得し、たったの1年間で200万人増やした恰好だ。
強みは巨額のコンテンツ制作費だ。2019年はネットフリックス1社で153億ドル(1兆6000億円強)を記録しており、在京民放キー局5社合計(約4000億円以下)のざっと4倍。コロナ禍にありながらも2020年も140億ドル前後を維持するとみられている。
制作費が大きければコンテンツの質も高まる。2020年の米アカデミー賞では、『アイリッシュマン』をはじめネットフリックス制作の映画が計24部門でノミネートされた。ディズニーなど大手映画スタジオを上回り、制作会社別でトップに躍り出た。
制作費はどこから出ているのか。全世界で1億9300万人の有料会員が毎月払う利用料だ(ネットフリックスは広告を一切入れていない)。世界190カ国以上へ進出するグローバルプラットフォームの面目躍如といえる。
ビッグデータとAIの活用も競争力の源泉だ。ネットフリックスは「郵便DVDレンタル」としてスタートした創業時からテクノロジー企業であり、いわゆる「データドリブン(データを基にした意思決定)」をお家芸にしている。世界最高のアルゴリズム構築に向けて「世界アルゴリズムコンテスト」を主催したこともある。実際、同社は無数のデバイスから送られてくる膨大なデータを蓄積することで、加入者の視聴パターンを驚くほどの精度で把握している。どの映画のどのシーンを早送りしているのかまでも、である。これによってレコメンド(推薦)機能を高度化しているほか、オリジナルコンテンツの制作にも生かしている。