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島田雅彦 復讐代行小説「九割は事実に基づいている」

文・島田雅彦(作家)

肉親を殺された者の凄まじい怒りと復讐は、しばしば物語の起爆剤になる。今から2400年も前に書かれ、上演されたギリシャ悲劇において、すでに復讐の物語のフォーマットは完成し、後世の物語、小説、現代の映画やドラマ、漫画、アニメがその基本形を踏襲し続けている。今や世界市場へのエンターテイメントの供給元になっている韓流ドラマにおいても、復讐は必要不可欠な要素で、起承転結をダイナミックに展開するエンジンになっている。ヒーロー、ヒロインは父親か母親を殺されているか、子どもや親友を失っている。彼らは協力者を獲得し、修行を積み、周到に復讐の準備を進めるが、必ず手強い敵の妨害や反撃に遭い、繰り返し深刻な危機に陥る。復讐は弁証法を用いた論理展開に落とし込まれるが、決して予定調和には終わらない。予想を裏切る方法で見事に復讐を果たすと、主人公に感情移入した観客もまたカタルシスを味わう。

悪政、戦争、天災、疫病が次から次に押し寄せるので、平安に過ごせた時代はごく短い。災厄のしわ寄せは常に弱者に向かう一方で、支配者は災厄の政治利用をしてきた。非常事態にかこつけて権力強化を図り、不都合な事実を隠蔽する報道規制を敷き、数字を操作して、支持率を上げ、悪政を目立たなくする。民の苦しみなどそっちのけで、自らの保身、権益確保を最優先する。政治腐敗が底まで達した現在、恨みのパワーは相当に蓄積し、復讐の正当な理由は揃っていると思うが、自発的に権力に服従してしまう長年の習性は簡単には抜けず、最低の政権の支持率は首を傾げすぎるほどに高く、選挙を通じての復讐も望み薄である。復讐を代行すべき野党やマスメディアの保守化も進み、共産党ほか一部のリベラル政党、メディアを除き、大政翼賛会の復活に加担している。日本では復讐の具体的な算段をする前に、自身の内なる奴隷根性の克服が先だろう。アメリカの間接統治に加担し、その利益を最優先する傀儡が最も地位が高く、その下働きをする奴隷が威張り、真の民主独立を志す者が「反社」と蔑まれる日本では、韓流ドラマに見られるような復讐劇は空々しく映るのかもしれない。

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