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コロナ下で読んだ「わたしのベスト3」 読むことで旅ができる|角田光代

外出自粛要請が出た4月、会食や飲み会の予定がすべてなくなったので、私はずっと、友人に勧められたNetflixの韓国ドラマを見続けていた。ちょうどその時期に読んでいたのが『パチンコ』。1933年、朝鮮半島の影島から日本の大阪に渡った若き夫婦を中心に、4世代の家族を描く長編小説だ。大いなる謎や事件が仕掛けてあるわけではないのに、小説世界に引きこまれて夢中で読んだ。描かれている人たちが全員、生き生きと息づいている。特殊な強靱さを持つ人たちではない、でもだれもが自分の人生を生き、ときにはあらがい、宿命にのみこまれていく。人生の残酷な理不尽に、だれもがちっぽけな「生」を賭けて闘っている。その強さが、私が見続けた韓国ドラマと共通していた。コロナ禍の私には必要な強さだったのだろう。

ブルックリンのシェアハウスに暮らす若者たちを描いた『サンセット・パーク』でも、みんな生きている。語り手のマイルズ・ヘラーもほかの男女も、人生の王道から外れ、だれとも共有できない痛みを抱え、なんとか日々をやり過ごしている。出版社を営むヘラーの父や、彼の友である作家といった大人たちもまた、悩み、迷い、揺れ続けているので、サンセット・パークの住人たちの痛みは、若さゆえのものではないことがわかる。それでも小説全体に、大いなるやさしさが貫かれていて、読後、気持ちがふっと軽くなる。

林芙美子や宮沢賢治の足跡を追いつつ、陸の境界サハリンを旅する『サガレン』を何気なく手に取って、気がつけば、すがるみたいにして読み耽っていた。列車や車の窓から見える景色も体験でき、その地に流れる時代の変換も味わうことができる。とくに、宮沢賢治の足跡を追う章の、ミステリー小説みたいな展開に引きこまれ、宮沢賢治という作家の人間的な体温に触れた気がした。ときどき本から目を上げて、東京の空に、見たことのないサハリンの高い澄んだ空を重ね、読むことで旅のできる幸福を噛みしめた。

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