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藤原正彦 美しき論理 古風堂々37

文・藤原正彦(作家・数学者)

EUは気候変動対策として、2035年にガソリン車の新車販売を禁止するばかりか、2026年から脱炭素への取組み不十分な国からの輸入品に関税をかけると言明した。排ガスによる健康被害とCO2による地球温暖化を防ぐという美しい論理があるから、どんなルールを作っても許されると思っているらしい。

EV(電気自動車)のみにしようというのだろうが、現在のものは、家庭用電源で10時間充電して300キロくらいしか走らない。距離をのばすのは電池の改良でいずれ可能になろうが、充電時間を短くするのは高圧電流を使わない限り至難であろう。EUは目途がついているのだろうか。

VOLVO社は昨年、同社のEVとガソリン車それぞれの、生涯CO2(製造から廃棄までに排出するCO2)を比較した。EVの方がエンジン車より15%ほど少ないだけだった。EVには高性能充電池などが必要で、製造までに排出するCO2がエンジン車の2倍近いからだ。しかもEVのCO2累積排出量がガソリン車を下回るのは、走行距離が11万キロを超えてからという。これでは原発(ドイツは今年2022年に全廃予定)に頼らない限り、大気汚染源が路上から発電所に移動するだけだ。日本のハイブリッド車を改良して燃費を半分にできれば、恐らく2035年のどんなEVより生涯CO2が小さくなるだろう。それでもEUでは売れなくなる。

こう考えると、EUの性急な戦略の真意が見えてくる。日本のハイブリッド車の対抗馬として売りまくってきたディーゼル車は、2014年に独仏の業界ぐるみの破廉恥な排ガス不正工作が露顕し、技術的敗北が明白となった。日本の有利を帳消しにし、欧州の先行するEVで勝負しようという目論見でルール変更したのである。

ルール変更は欧米の得意手だ。長野冬季五輪のスキージャンプで、日本勢は団体優勝に加え船木が金と銀、原田が銅と圧勝した。直後にスキー板の長さが長身の人に有利なように改正され、日本はしばらく勝てなくなった。64年東京五輪で女子バレーボールが優勝した翌年、長身で手の長い欧米選手が有利となるブロック時のオーバーネットが認可された。この変更で日本は勝てなくなった。ホンダのF1がターボエンジンで1988年に16戦中15勝と圧勝を収めるや、すぐにターボエンジンは禁止となった。

戦後の国際政治を動かしてきた国連だって欧米が決めたものだ。第二次大戦の戦勝5ヵ国からなる常任理事会が主要事項を決定するうえ、この5ヵ国は拒否権まで持つという理不尽なルールだから今や死に体となった。ここ30年近いグローバリズムはほぼすべてアメリカが決め世界に押しつけたルールである。

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