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【13-教育・科学】ピンチをチャンスに変えるのが「教養」の力だ |出口治明

文・出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)

ピンチで役立つのは基礎的な教養

現代ほど教養のありかたが問われている時代はありません。ひと昔前であれば、教養があることは、批判の対象にはなりませんでした。ところが、昨今は「教養はムダ」であるとか、「すぐに役に立つ学問の方が重要だ」という声が、一定の支持を得ているようです。

しかし、その傾向は非常に危ないと声を大にして述べたいと思います。

「働きアリの法則」をご存じでしょうか。アリの集団では、よく働くアリが2割、普通に働くのが6割、ほとんど働かないアリが2割いるというのです。遊んでいる2割を取り除いても、よく働く集団にはなりません。しばらくすると、その中でまた2割、6割、2割の比率になるとされます。腰が重い2割は、実はよく働くアリが疲れたときや緊急事態に備えている遊軍です。全員が目の前の仕事に追われていたら、想定外のことが起きたときに対応できない。遊んでいるように見える一群が、いざという場面になると役に立つのです。この「遊び」の部分が人間でいえば、教養だと僕は考えています。

いま世界中の医薬関係者は、新型コロナウイルス感染症の特効薬やワクチンをいち早く開発しようと必死になっています。

日本の研究者や製薬会社は、残念ながら開発競争の先頭集団に入っていないようです。その理由は、理系分野の教養ともいえる基礎研究をおろそかにしてきたせいでしょう。成果が早く出る最先端の分野は評価が高い。一方で、一見地味な基礎研究は評価されにくいのが現状なのです。

これは、文系でも同じことです。ピンチになったとき、それを乗り越えるために役立つのは、基礎的な教養しかありません。

コロナ禍で誰もが参考にしたのは、第1次世界大戦の最中に流行したスペイン風邪の教訓でした。スペイン風邪の際は、各国が感染情報をひた隠しにしたことで、世界中に蔓延しました。しかも、当時、中立国であったスペインが自国の流行を報道したことでスペイン風邪という不名誉な固有名詞がついてしまったのです。

逆に今回の新型コロナの場合は、各国が遺伝子情報などを共有しました。いまはまだ沈静化する兆しはみえませんが、ワクチンが世界で共有される日が遠からず来るのではないでしょうか。歴史は教養の大きな柱の一つなのです。

教養は知識×考える力

僕は方々で「教養は大事やで」と話をしているので、「そうはおっしゃいますが、教養って本当に必要なんですか?」と質問されることがあります。

そのとき例に出すのは、“おいしい料理”についてです。おいしい料理を作るには、まず食材の種類が豊富なほどいいでしょう。旬の食材、珍しい食材がたくさんあれば、それだけメニューの幅が広がります。

豊富な食材がそろったら、次は料理の腕前が問題になります。どれだけいい食材があっても、料理人の腕がポンコツではおいしい料理は作れません。せっかくの食材が台無しです。

教養は、おいしい料理と同じです。食材が知識、料理の腕が考える力です。「豊富な食材×料理の腕=おいしい料理」だとすれば、「豊富な知識×考える力=教養」です。「歩く百科事典」と呼ばれる物知りでも、考える力がないと宝の持ち腐れです。教養とはその両輪が揃ってはじめてナンボなのです。

例として先ほど新型コロナウイルスの話を出しましたが、これは一般社会においても同じことです。ビジネスの世界でもプライベートでも不測の事態が起こった時に、先人たちの知恵を参考にすることでしか、解決策は見いだせないでしょう。

僕の考える教養の鍵となる「考える力」とはどのようなものか。それは、問いを立てる力、原点から考える力、本物を見抜く力であると思います。実は、OECD(経済協力開発機構)でも、同じような問題意識をもっていて、教育の現場で物事の常識を疑う力を養わせようとしています。考える力を持つことは、世界共通の課題なのだと思います。

結局のところ、社会がめざましく変化すればするほど実用的な学問はすぐに陳腐化してしまいます。極端な話ですが、学校で最新のプログラミング技術を教えても卒業する頃には、それは既に最新ではなくなっているのです。だからこそ、普遍的な問を立てる力や原点にさかのぼって考える力が大事になってくる。その源泉になるのが教養です。

では、教養はどうやって身につけるのか。それは人・本・旅の3つに尽きると考えています。いろんな人に会って話を聞く、たくさん本を読んで賢い人たちの知識と考え方を学ぶ、自分自身が広い世界(世間)を歩いて見聞を広める。この方法以外にはないでしょう。この3つの中で、本は時間やコストの制約から考えると最も効率のよい方法です。

ある理系の研究者から聞いた興味深い話があります。脳神経学など最先端の科学分野では、国際シンポジウムが定期的に開かれています。基調講演のスピーカーはノーベル賞級の先生たちで、世界中から数千人規模の研究者が集まってきます。参加者にアンケートをとると、ほとんどの研究者が「いい刺激を受けた」と答えるそうです。ただしその刺激は、シンポジウムの中身から受けたものより、「コーヒーブレイクで古い知人と顔を合わせて立ち話をした」とか、「たまたま隣り合わせた人と情報交換した」とか、雑談や無駄話のほうが大きいというのです。つまり、人との出会いです。

新型コロナで学会のオンライン化が促進され、自宅や研究室にいながら世界トップクラスの研究成果を聞くことができる環境が生まれました。質疑応答の時間もあり、飛行機で移動する時間も、交通費や宿泊費も節約できます。効率やコストだけを考えると、オンラインのほうが便利だともいえます。

ところが、参加者が多くの刺激を受けたという雑談や無駄話は、オンラインではなかなか上手くは、できません。たまたま隣り合わせて親しくなり、一緒に食事するなどの空間の共有も生まれない。国際シンポジウムに参加する意義の半分以上が失われるように思います。本当に研究の糧となるのは、失われた半分の方かもしれません。

教養が身につかない理由は長時間労働

読書の大切さを話すと会社勤めの人から「教養が大事なのはわかりますが、忙しくて落ち着いて本を読む暇なんかありませんよ」という感想を聞きます。

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