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船橋洋一の新世界地政学 経済安全保障政策の要諦

今、世界では何が起きているのか? ジャーナリストの船橋洋一さんが最新の国際情勢を読み解きます。

経済安全保障政策の要諦

日本政府は、来年の通常国会で経済安全保障法案を提出する方針である。具体的には、(1)重要物資の供給網強化(2)基幹インフラの安全性確保(3)先端技術の育成・支援(4)特許非公開の仕組み、を目指すとしている。

政府が、経済安全保障政策に正面から取り組むのは当然であり、むしろ遅きに失したといってよい。それほど、日本の経済は脆弱であり、それを取り巻く国際環境は厳しい。かつての日本の繁栄を支えた貿易・投資のルールと国際秩序とパワー・バランスは崩落しつつあり、日本が経済で最も深く相互依存している米国と中国の両国が激しく対立している。両国の対立は、それぞれの内政――米国の「分断」と中国の「独裁」――によって駆動されているだけに構造的であり、また長期的となろう。

コロナ危機の中で、日本はワクチンやPPEや人工呼吸器のような国民の生命と健康にとって欠かせない物資や資材を海外に頼っていることをいやというほど思い知らされた。石油も天然ガスも食糧も、さらには脱炭素化に必要な太陽光パネルもレアアースも、そして検索、データ、ネットワーク、ナラティブ発信の土台であるプラットフォームも、海外に依存していることを国民は改めて、痛感した。

国際秩序とルールの維持を主導してきた覇権国が衰退し、力の空白が生じ、台頭国がその空白を埋めようと「勢力均衡」を拡大し、どの国も短期的なゼロ・サムゲームに走り出すと、秩序はさらに瓦解し、ルールは無視され、捻じ曲げられるようになる。経済力のある国は、それを外交の道具として使おうとする。経済相互依存が武器化しつつある。米中は米ソのような「冷戦(the Cold War)」には至っていないが、地経学ではすでに部分的に「冷戦(a cold war)」の局面に入っている。

2030年頃には米国をGDPで追い越すと見られている中国が巨大な地経学的うねりを世界に巻き起こしている。習近平中国国家主席が昨年、内部講話で述べたように、中国はその巨大市場に外国の投資・技術を引きつける「重力場」をつくり、外部からのサプライチェーン断絶に対する強力な「反撃力」と「抑止力」を構築する経済安全保障戦略を明確にしている。中国の地経学的攻勢は、中国が世界一の経済規模を持ち、より強大な「重力場」を持つに従いさらに剥き出しになっていくに違いない。

その上、中国の挑戦は規模(量)に止まらず、技術(質)にも広がっている。米政府が委嘱したAI国家安全保障委員会はこのほど発表した報告書で、「第二次世界大戦以来初めて、米国の技術支配が脅威にさらされている。中国は向こう10年で米国を上回る力、人材、野心を持つだろう。同時に、AIはサイバー攻撃とディスインフォメーションによる脅威を増幅させている」と警告を発している。

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