
【25-国際】トランプが消えた共和党に超保守派が台頭する|手嶋龍一
文・手嶋龍一(外交ジャーナリスト)
「アメリカ・ファースト」の潮流は変わらない
ドナルド・トランプは、21世紀のアメリカが生んだ「結果」であって、「原因」なのではない。
「アメリカ版ものづくり産業」は、近年、中国の攻勢にさらされ、ラストベルト地帯では職を失うのではと不安に怯えた白人労働者層の不満が沸点に達しようとしていた。4年前の選挙で、トランプはそんな白人労働者層の心を鷲掴みにして、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルバニアといった民主党の地盤「ブルーステート」を席巻し、ホワイトハウス入りを果たしたのだった。トランプの勝利が超大国アメリカを一挙に保護主義に傾かせた――東アジアからはそう見えるかも知れないが、それは「アメリカ版ものづくり産業」の凋落の結果なのである。
それゆえ異形の大統領、トランプは、岩盤支持層の思いを「アメリカ・ファースト」の一語に込めたのだった。自由の理念を掲げる西側同盟諸国のリーダーであり続ける余裕もなかったのだろう。アメリカの国益を剥き出しで追求し、同盟諸国にも駐留経費の増額をなりふり構わず要求したのだった。
かつて東西冷戦が熾烈に戦われるなかにあって、アメリカは、通商の分野では、日本などの同盟国には自国の市場を鷹揚に開放し、アメリカ製品が同盟国の市場から締め出されている現実を敢えて見過ごしてきた。その恩恵に最も浴していたのがわが日本であり、これこそが日本の高度経済成長を支える背景となった。アメリカは、自らの国益を犠牲にしながら、冷たい戦争に勝利するため、日本など同盟国をこうして繋ぎとめていたのである。
こうした冷戦期の構図は過去のものとなり、トランプも表舞台から去りつつあるが、バイデン政権となっても「アメリカ・ファースト」の潮流は変わらないだろう。アメリカの製造業は、新興の製造業大国、中国の攻勢に依然としてさらされており、辛くも「ラストベルト地帯」を制した民主党もまた「昨日の産業」で働く白人労働者層の声に耳を傾けざるを得ないだろう。
だが、いまのアメリカは、「昨日の産業」にしがみついてなどいない。戦後のアメリカを永く取材現場で見てきた者の立場からいえば、素顔のアメリカは遥かに精強で成長力に富んでいる。かつての「移民と奴隷の国」は、巨大なエネルギーを湛える「多民族国家」に変貌しつつある。途上国から多様な人材を迎え入れ、インターネットの先端技術を駆使しながら、世界に先駆けて新たな社会システムを創り出しつつある。実際にハイテク分野や宇宙・通信の分野では、世界に冠たる存在だ。競争相手がすぐ迫っているが、相対的にはなお集団の先頭にいる。
にもかかわらず、米国内では「超大国衰えたり」という意識が拡がっており、外交・安全保障政策にも影を落としつつある。「アメリカはもはや世界の警察官を務めるべきではない」という声が超党派で強まっているように見える。台湾海峡危機が次第に顕在化しつつあるなかで、バイデン政権も日・豪・印の力を糾合して、インド太平洋でのアメリカのプレゼンスをいまこそ高める時なのだが、アメリカの納税者を説得するのは容易ではないだろう。