シェアリングはなぜ中国で進展し、日本で進展しないのか 野口悠紀雄「リープフロッグ」
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シェアリングはなぜ中国で進展し、日本で進展しないのか 野口悠紀雄「リープフロッグ」

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※本連載は第4回です。最初から読む方はこちら。

 中国では、インターネット時代と経済発展が同時進行したため、eコマースや電子マネーなどの先端的なビジネスが急速に発達したと述べました。

 モノやサービスを共有する「シェアリングエコノミー」についても、同様のことが言えます。

◇中国でシェアリングが目覚ましく進展

 中国で最初に普及したシェアリングサービスは、シェア自転車です。

 ofoが2014年から、摩拝単車(モバイク)が2015年から、事業を始めました。

 どこからでも乗れ、どこにも乗り捨てられるという便利さが評価されて、急成長しました。

 大都市では地下鉄の乗り換えが不便なので、駅と駅の間の移動手段として使われました。また、駅から自宅やオフィスへの移動にも極めて便利なサービスとなりました。

 つぎに、自動車のライドシェアリングがあります。

 まず滴滴がスマートフォンでタクシーを呼べるサービスを2012年に開始。2015年に同様のサービスを行っていた快的と合併し、滴滴出行という会社になりました。さらに、2014年から中国でライドシェアのサービスを始めていたウーバーを吸収して、現在では、同社が市場をほぼ独占しています。

 ライドシェアを提供したタクシー以外のドライバーは、毎月2100万人にものぼるといわれます。

 滴滴出行は、現在、世界で最も価値の高い非上場企業の一つと言われ ます。

 民泊サービスでは、途家網 や小猪などがあります。この分野も、シェアリングエコノミーを代表するビジネスとして成長しています。

 日本で利用できる物件もあります。

 これら以外にも、新しいシェアリングサービスが登場しています。モバイルバッテリーは、シェア市場の約2割を占めるまでに成長しています。

 また、傘のシェアリングサービスが、市場シェアで約1割を占めています。

 ただし、中国のシェアサービスのすべてが順調に進んだわけではありません。

 シェア自転車は、どこでも乗り捨てできるので、これを回収して駅前などに並べ直すには大変な手間がかかります。そのうちに放置自転車が増え、通行の邪魔になる。それらが撤去されて空き地に運ばれても、山積みにされて錆びるだけ。

 こうして、シェア自転車は社会問題化しました。その結果、サービス提供会社の倒産が相次ぎ、現在では、シェアサービスでの比率は10%を下回るようになりました。

◇日本ではライドシェアリングも民泊も進まず

 日本では、シェアリングサービスの導入は、ほとんど進んでいません。

 ライドシェアリングでは、2015年に福岡でウーバーのサービスが実験的に開始されたのですが、道路運送法に抵触する可能性があるとして、実験は取りやめになりました。

 2016年5月から、京都府京丹後市で、NPOが運行管理責任を担うことで、過疎地の交通空白を埋める特例として行なわれています。同市では過疎化と高齢化が進み、丹後町地区では08年にタクシー事業所がなくなっていたため、利用者に好評だといわれます。しかし、他の市町村に拡大しているわけではありません。

 日本でウーバーのサービスは、タクシーを呼ぶ配車アプリとして利用されているだけであり、タクシー運転手の免許を持ってないドライバーが提供できるライドシェアリングにはなっていません。

 民泊については、2017年6月に民泊新法(住宅宿泊事業法)が成立しました。

 新法が施行されれば、どこでも営業が可能となり、宿泊日数の制限も緩和されるので、日本でも民泊が進展するのではないかと期待されました。

 ところが、同法は、民泊が客を受け入れられる日数の上限を一年間に180日としたのですが、同時に、地方自治体の判断で受け入れ日数をさらに制限することも認めました。

 このため、実際には民泊に対する制限が強くなったのです。客を泊められるのは、京都市では1月15日から3月15日までのみ、仙台市の住宅地では土曜のみ、軽井沢町では全面禁止となりました。

 こうして、民泊も事実上行なえない状態なのです。

 平成30年度産業統計研究委託事業「新たなサービス業態『シェアリングエコノミー等』の把握に関する調査』(経済産業省)によると、2017 年における中国のシェアリングエコノミー市場取引額は、約 81.7 兆円で、前年比で47.2%の伸びを示しています。

 他方で、内閣府経済社会総合研究所研究会報告書等 (No.78、平成 30 年 7 月)によると、日本のシェアリングエコノミーの市場規模は2016年で4,700億円〜5,250億円程度です。

 中国は日本の150倍以上ということになります。

◇日本では、強すぎる既得権の壁が導入を阻む

 中国でシェアリングエコノミーが普及した最大の理由は、スマートフォンと電子マネー決済が普及していたことです。固定電話が広く使われている社会では、シェアリングエコノミーは進展しません。

 中国は古い情報通信手段に束縛された社会構造ではなかったために、新しいサービスが発展したことになります。 つまり、シェアリングサービスの急速な進展は、リープフロッグ現象だと言えます。

 ただし、それだけではなく、つぎの2つの要因が、新しい技術の導入を可能にしたと考えられます。

 第1は、それまでの中国では、サービスの質が低かったことです。

 地下鉄が発達していなかったため、通勤時にはタクシーの奪い合いになる。その結果、乗車拒否や法外な運賃が横行していました。「乗ればどこに連れて行かれるかわからない」といった問題さえあったのです。

 ところが、滴滴出行のサービスを利用すれば、確実にタクシーを捕まえられるだけではなく、悪徳運転手がいればアプリに報告できます。このため個別の運転手を評価できる体制が出来上がり、悪徳運転手を避けることができるようになったのです。

 このように、サービスの信頼性が確保されていなかった中国においては、ライドシェアリングのサービスが極めて重要な意味を持っていました。

 運転手の質が概して高い日本の社会では、この新しいサービスの利便性を十分に評価することができないのだと思われます。

 なお、「信頼できるサービスが提供されていなかったために、スマートフォンを用いる新しいサービスが急速に普及した」という現象は、これまで述べたように、eコマースや電子マネーにおいても見られたことです。

 第2の理由は、中国の場合、新技術の導入を阻害する抵抗勢力の反対と規制がなかったことです。

 タクシーや旅館・ホテルの業界は既に存在していたでしょうが、日本のように長い歴史を持つ力のある業界にはなっていなかったと考えられます。

 少なくとも、タクシー業や宿泊業に対する参入規制が強くなかったことは間違いありません。

 中国政府は、シェアリングサービスを積極的に推進する姿勢をとっていました。

 日本でシェアリングサービスが導入できない最大の理由は、業界の力が強すぎるために参入規制が極めて厳しく、新しいサービスが参入できないことです。

 日本では「既得権の壁」が極めて高いのです。

 ただし、ここで次の点に注意する必要があります。それは、既存の業界があってもシェアリングサービスが導入される場合があることです。

 言うまでもないことですが、ライドシェアリングも民泊も、アメリカで導入されたものです。アメリカには、タクシー業界もホテル業界も、もちろんありました。

 したがって、新しいサービスが導入されるかどうかは、複雑な条件に依存していることになります。この問題については、後に詳しく論じることとします。

(連載第4回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。
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