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コロナ下で読んだ「わたしのベスト3」 創造と共感|平松洋子

2020年春。ウィルスのパンデミックにさらされ、世界中が硬直した恐怖を長く記憶に留めておきたい。日本で緊急事態宣言が発出された4月7日、さまざまな仕事に就く77人に日記を依頼し、『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』が編まれた。発売は6月30日。書店の棚で見つけ、飛びつくようにして開くと、77の複雑な感情が渦巻いていた。50代のミニスーパー店員は、お客に釣銭をトレイに置けと無言で指示され、「お前が買ったのは、缶コーヒー一つだ。ならば自販機へ行け!」と胸中で毒づき、「自分が思っていたよりも心が弱ってきている」。ホストクラブ経営者は、大赤字を抱え、信頼を失って孤立する。葬儀社スタッフは、参列できない家族のためにiPhoneを故人の顔に近づけた。清掃員、音楽家、医者や薬剤師、保育士、専業主婦、落語家、作家……想像してもしきれないナマの心情。その一端を、読むことで結び合わせる書物の存在が心強く、出版人の意気にも感じ入った。

『ゲド戦記』を始め世界中に読者をもつ作家、アーシュラ・K・ル=グウィン。その著作を読むことは、ル=グウィンという創造の洞窟を旅することに等しい。80代の老境を迎えた賢者が文学、社会、宗教、自然科学などについて縦横に思考をめぐらせるエッセイ集『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて』。読者に投げかけられた問いひとつひとつが深い。「どうすれば、怒りを憎悪、復讐心、独善性から離れさせ、創造と共感に役立つものにできるのだろうか?」(怒りについて)

雄大な時間や自然のなかに身を委ねたくて読み始めたのが『ラマレラ 最後のクジラの民』。インドネシアの東、レンバタ島の小さな村に伝承されてきた捕鯨文化は、近代化の波のなかで何を守り、何を失ったのか。村人たちの姿を描きながら、変化のありさまを記録した画期的なルポルタージュだ。人間があらたな時代を生き抜こうとするときの困難と厳しさ、希望の両面を見せつけられる。

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