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トランプ大統領のアマチュアリズムの正体|三浦瑠麗

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※本連載は第52回です。最初から読む方はこちら。  

  前回は、『ザ・ホワイトハウス』(The West Wing)のドラマを引用しながら、合理主義者のバートレット大統領と、感覚で生きているリッチー知事との間に生じる溝について書きました。コロナ禍において「物事を合理的に解決しよう」とする人がロックダウン支持に流れがちで、それに反対する人のことを運命論者的な無責任な人として見てしまう、というのは、非常に興味深い現象です。

 さて、本日はトランプ大統領のアマチュアリズムとは何だったのかについてです。2016年当時、サンダース氏とトランプ氏のあいだには何らかの類似性があるという論説が書かれたのを覚えています。双方ともに非現実的なことを言い、エスタブリッシュメントに反発しているからです。

 確かに、その部分だけ見ればそうかもしれません。サンダース氏に関しては、女性をめぐる過去の発言に関しては、いわゆる保守おじさん的な部分もないとは言えません。前回示した米国政治における「アマチュアリズム」とは、大衆のコモンセンス的な発想に基づく反エリート主義的アプローチですから、学費が高すぎると訴える若者の声を汲んだサンダース氏にもそうした側面はあるでしょう。

 しかし、サンダース氏の政治家としてのキャリアは長く、もっとも革新的な政治家の一人であることを忘れてはなりません。民主社会主義者としての彼の政策は革新的であり、小さな市の市長としての実績は立派です。ただ、米国の大統領としては過激すぎるというだけで、党派的な権力バランスからして彼の案は受け入れられないだろうということにすぎません。ちゃぶ台返し的な政策を志向すれば、政策の細部は詰めが甘いものにならざるを得ない。そうすると、現状との乖離は大きく、改革によってどれだけの副作用が生じるかも説明できないのに、非現実的な案を示して穏健中道派をいらだたせることになる。

 例えば、医療保険改革一つをとっても、サンダース氏が主張していたような抜本的な改革案は、保険会社の国有化くらいのインパクトを持ちます。学生ローンの債務を帳消しにしたり、公立大学の学費を無料化することは、財源さえあれば可能ですが、その財源の一つとして示された資産課税は1%から最大8%の累進課税の導入であり、その実現にあたっては様々な問題が指摘されています。また、所得税の累進性を高めることで、資産課税と併せて最も富裕な層には97.5%もの最大税率がかけられることになります。もちろん共和党が優位な上院ではそんな案が通るわけもないわけですが。

 つまり、彼の主張しているような政策は戦争に伴う徴用徴発と破壊、あるいは戦後の混乱期における焼け跡からの出発の時に採用するくらいの大転換であるため、今の社会には受け入れられにくいということです。社会を一から作り変える。これは革新主義者の考え方に他なりません。

 一方、トランプ氏の経済政策はどうでしょうか。トランプ氏の税制改革案も、2016年当時は非現実的だと批判を受けましたが、多少立場を後退させたとは言え、2017年に通した税制改革では、その大まかな骨子は達成しています。

 トランプ氏が2016年当時問題視した主要な点は、①米国発の多国籍企業が海外で得た儲けに法人税がかからないため、企業によって法人税の負担率がまるで違うこと、②所得税の控除の仕組みが複雑であり、子育て中の生活者にとって有利なものになっていないこと、③富裕層や法人に対する税率が高すぎること、でした。

 これはいずれも相対的な問題であり、何が正しいというわけではありませんが、注目すべきは、当時はオバマ大統領でさえ法人税引き下げを目指したこと、法人税の仕組み自体複雑怪奇で制度が悪用されることも多く、国内プレーヤーと多国籍化したプレーヤーとで不公平が生じているという批判がそもそも大きかったことです。

 また、子育て中の世帯はトランプ減税で控除枠が大幅に拡充しており、恩恵を受けていますが、こうした控除にはちゃんと所得の上限があり、決して富裕層ばかりを優遇しようというものではありません。トランプ大統領の税制改革は共和党のドリームプラン(法人税所得税減税)と中間層を意識した減税・子育て控除の組み合わせという、大胆だがすこぶる現実的なものでした。規制緩和を推し進めたのも、一定の思想に基づくものです。環境規制の緩和や撤廃は、民主党支持者からすれば承服しえないものでしょうが、共和党は、環境保護ではなく経済活動に政府が介入しないことを是とする政党だからです。

 つまり、経済政策を見れば、トランプ氏は中道にアプローチした保守にすぎず、経済政策上の理念は(もちろん賛否はあれど)一本筋の通ったものであると考えられます。

 では、トランプ氏が批判されたアマチュアリズムの本質とは何なのか。それは、まず不法移民や犯罪、宗教や中絶などの社会的な論点において発揮されます。そこが彼にとって票田であり、支持者の気分をくみ取る政策分野であったからです。重要なのは保守的な「気分」を盛り上げ撫でさすることであって、何らかの根源的な解決を図ることではないという点です。BLMのデモが暴徒化した時、「法と秩序」(Law & Order)と叫んでも問題は解決しませんが、人々のコモンセンスには適っている。メキシコとの国境に設置されたフェンスは粗末な代物ですが、重要なのは本当に不法移民の侵入を防ぐことではなくて、その意思を共有することだと。この点は、ピーター・ティールが指摘する通り、トランプ支持者はしっかりと割り引いて理解しており、メッセージの中に含まれているコモンセンス的な気分を受け取っているということです。

 外交分野においても、トランプ氏のアマチュアリズムが発揮されました。その点は次回、述べたいと思います。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。

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