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ひとりの楽しみ、孤独の美|中野信子「脳と美意識」

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※本連載は第25回です。最初から読む方はこちら。

 一人でいるとストレスが溜まっていく人と、一人でいられないとストレスが溜まっていく人と、世の中には2種類の人がいるようだ。ちなみに私はどう考えても後者に分類されるが、みなさんはいかがだろうか。日本は空気を読むことを求められる国であるから、意外に私と同じタイプの人は多いのではないかと、心ひそかに思っていたりはする。

 コロナ禍の影響で、普段、私のように人と会うことがストレスになるタイプの人たちは、ここぞとばかりに一人でいる時間を増やしたことだろう。打ち合わせはオンラインで済ませ、なるべく人に会わないよう外食も会食を避けて一人で行くことが多くなった。あとは、誰にも邪魔されずにゆっくり勉強できる時間を満喫するのである。日がな一日、自分のために時間を使うことができる。一言で言って、幸せである。思索し、これまでの知識を再構築して、新しい現象の分析をしていくだけでも十分に楽しく、満たされる。

  クリスマスの季節になると、「おひとりさま」で過ごしたくないと言って、にわかにカップルになる人がこれまでは多かったが、今年ばかりは「おひとりさま」こそが、感染予防の意識もきちんとしている、かっこいい人になるのではないだろうか。毎年クリスマス前の時期には「クリスマス中止のお知らせ」などといったジョーク記事が流れたものだが、今年は本当になってしまいそうな勢いである。欧米における本式の、家族の集うクリスマスとは異なる、カップルイベントとしての色彩の強い日本の独特のクリスマスであるから、今年くらいは一人のクリスマスがもっと評価されるべきではないだろうか。

 ところで、孤独願望を強化する働きをもつホルモンは、男性ホルモンのテストステロンである。この値が高いと、他人から干渉されずに一人で過ごす事を好むようになると考えられている。女性でも、現代社会では、さまざまなストレスによりホルモンバランスが変化してオス化していく傾向が認められている。テストステロンは興奮状態になったり、集中力が高まったり、またイライラしている時など、感情が激しく変化する時に多く分泌されるともいわれる。コロナ禍が拍車をかけているとはいえ、現代はすでに、まさにおひとりさまの時代なのかもしれない。

 おひとりさま、というとどこか一人でいることを揶揄するような響きもある。さらにその感覚の強い言葉に「ぼっち」もある。一方、私たちの美意識の中には「孤高の美」というものもある。日本の誇る霊峰・富士がその象徴とされることもあり、私たちは集団の同調圧力を受けやすいようでいながら、一人でいることを美しく尊いことであるとする感性も持ち合わせているのだ。

 むしろ、空気を読むことを求められ、同調圧力を強く受ける日々を送らざるを得ない環境にいる私たちだからこそ、孤独の美しさがより尊く貴重なものであると感じるのかもしれない。

 地域によっては医療崩壊が間近に迫り、新型コロナの感染状況は軽視できない様相になってきている。ひとりでいることの楽しみ、孤独の美しさを再発見するライフスタイルを、ふたたび見直してみてはいかがだろうか。

(連載第25回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。

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