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イップスの正体|#1 島袋洋奨(元プロ野球選手)

文・中村計(ノンフィクションライター)

ちょうど10年前、高校球界を席巻した1人のプロ野球の投手が、昨年秋、1勝も挙げられないまま静かにユニフォームを脱いだ。ソフトバンクの島袋洋奨である。

島袋は2010年、沖縄・興南高校のエースとして、春夏連覇を成し遂げた伝説の投手だ。全11試合で、他のピッチャーに任せたのはわずか4イニング。両大会をほぼ1人で投げきったと言っても過言ではない。投球時、大きく振りかぶり、打者に背中が見えるくらい大きく上半身を捻った「琉球トルネード」と呼ばれるフォームが特徴だった。

しかしプロ入り後、そのダイナミックなフォームはすっかり影を潜めた。島袋の最後の登板は2019年9月23日、ウェルファムフーズ森林どりスタジアム泉(宮城県)で開催されたソフトバンク対楽天の三軍戦だった。先発した島袋は振りかぶることも、大きく上半身を捻ることもなく、5回4失点でマウンドを降りた。

現在は母校・興南の事務職員を務める。

島袋トリミング2

さまざまな報道では、島袋は大学時代にイップスにかかり、それがきっかけでフォームを見失ったと言われている。イップスとは、スポーツの世界で、今までできていた簡単なプレーが突然、できなくなってしまう状態を指す。ただ、その定義自体が曖昧なところもあり、まだ、誰も何もつかめていないのが現状だ。

イップスと呼ばれているものの正体はいったい何なのか。アスリートや研究者に話を聞いていく。

その第1回目として、脚光を浴びた高校時代から一転、光の当たらないところを歩き続けた島袋の興南フィーバーのその後を聞いた。

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――島袋さんは大学時代、イップスになり、それがきっかけでフォームを崩してしまったと言われています。イップスだったかどうかも含め、そのあたり、自分ではどう考えていたのでしょうか。

島袋 僕の場合、正直なところ、イップスだったのかどうかはわかりません。イップスの場合、よくボールを離せなくなる、って聞くんですよ。至近距離を投げられなくなる、とか。でも僕の場合は、力を入れると、ただ高めにすっぽ抜けてしまうだけ。なので、僕の中では、技術がともなっていないだけで、イップスとは違うのかなと思っていました。

――ただ、明らかに何かがおかしいなというのはあったわけですね。

島袋 それはありました。大学時代はキャッチボールするだけで、こんなに気持ち悪かったっけ……って。3年秋以降は、1イニングすらまともに放れず、先発してもすぐ交代させられていました。5連続四球とかもあったので。マウンドから降ろして欲しくて仕方なかった。正直、もう投げたくない、っていう思いでした。

――きっかけは3年秋のリーグ戦、青山学院大との試合だったそうですね。

島袋 その試合で、バックネットにボールをぶつけてしまったんです。キャッチャーがぜんぜん捕れないようなボールです。その真っすぐを境に投げ方がわからなくなってしまいました。緩いボールなら何とかなるのですが、力を入れると抜けてしまって。

――滑ったのですか。

島袋 いや、滑ったのなら「わりぃ!」で終わっていたと思います。次、滑らないように投げればいいだけなので。なんでか、わからなかった。それで気にしてしまったんだと思います。そのあと、真っすぐを投げるのが怖くなってしまい、変化球でごまかしていたのですが、キャッチャーがまたストレートを投げて来い、と。首を振っても、しつこく(ストレートのサインを)出されたので、真っすぐを投げたら、またバックネットにぶつけてしまって……。

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――予兆のようなものはあったのですか?

島袋 いえ、その前の週までは普通に投げられていたので、特になかったですね。

――イップスはよく「メンタル」か「技術」かと議論されますが、どちらだったと思いますか。

島袋 もともと気持ちの乱れとかはない方なので、フォームだと思います。根本的に投げ方がおかしくなった上に、考え過ぎたことで、がたがたになってしまった。自分でも、自分がこんなに悩む人間だとは知らなかったですね。

――そこからフォームもコンパクトにしていったわけですか。

島袋 いえ、大学にはいってすぐフォームは変えました。1年春、最初のカードが駒沢(大学)だったんですけど、2試合で8個か9個くらい盗塁を決められたんです。それからクイック(投法)を速くしないといけないと思って。あとは、セカンドランナーにボールの握りを盗まれてると言われて、セット(ポジション)のとき、グラブの位置も下げました。高校のときも走られていましたけど、あのころは、ランナーを進めても還さなければいいんだろうぐらいに思っていた。大学では気にし過ぎて、考えもちっちゃくなってしまったような気がします。

――その改良がコントロールが悪くなったことに影響しているのですか。

島袋 少しずつフォームが壊れてきている部分があって、体も変わってきていて、暴投という1つのきっかけでバーンってなっちゃったのかもしれませんね。すっぽ抜けるようになってからは、足を上げて投げようという発想もなくなりました。間が嫌なんですよ。いろいろ考えて、体重を移動している間に変な風になっちゃう気がして。プロに入ってからは、ほとんどクイックで投げていました。勢いで、ポーン、ポーンって投げたい。でも、そうなるとバッターもタイミングを合わせやすくなってしまうんです。

――球速はプロに入ってからもそれなりに出ていましたよね。

島袋 スピードはプロに入ってからがいちばん速かったですね。高校のときはマックス(最高球速)147キロでしたけど、プロに入ってからは150キロまで出るようになりましたから。平均球速もぜんぜん上がっていると思います。

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――ただ、いわゆる「キレ」が違うのですか。

島袋 高校時代は球の回転数はもっとよかった感覚があります。よくピッチャー同士で、肩の高さでどれくらいまで遠くに投げられるかを争いながらキャッチボールしていたんです。そのころ、50メートルぐらいは簡単に低い軌道で投げられました。でも今は50メートルぐらいは投げられますけど、それ以上になると厳しい。指でボールを弾くというか、弾けてる感じも違いますね。

――そもそも高校時代、あれだけの実績を残したにもかかわらず、大学進学を選んだのはなぜだったのでしょうか。

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