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韓国「#学暴MeToo」の無間地獄――「エリート偏重教育」「成果第一主義」序列社会の深い闇

「過去のいじめ告発」が韓国スポーツ・芸能界を揺るがしている。文・金敬哲(フリージャーナリスト)

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▶韓国では、「学暴論争」が芸能界に広がり、絶好調だった韓流ビジネス界まで、まさに一大混乱に包まれている
▶韓国社会では連日、有名スポーツ選手らに対して「学生時代に暴力を受けた」という告発が相次ぎ、「#学暴MeToo」という新造語が登場した
▶「#学暴MeToo」がこれだけ大きな問題になった背景には、「成果第一主義」や「エリート教育」といった韓国社会の根深い問題がある

金敬哲氏

金氏

「どこに爆弾が潜んでいるか分からない」

いま「#学暴MeToo」問題が韓国社会を大きく揺るがしている。

「最近は視聴率よりニュースの方が気になる。どこに爆弾が潜んでいるか分からないという漠然とした不安まで感じる。放送局側ではドラマ出演者の学暴(学校暴力)問題に対する事前検証を要求する動きもある。契約書に学暴履歴条項を新設し、出演者の学暴履歴が問題になった場合、所属事務所が賠償金を支払うようにするものだ。業界でも20代の役者を全数調査すべきではないかという声が上がっている」

先日会ったドラマ制作者は、K−POP歌手や俳優などの「学暴疑惑」で泥沼化している韓国芸能界の物騒な雰囲気をこう伝えた。

公共放送のKBS放送局は、「学暴疑惑」を受けている女優のパク・ヘスが主演を務めるドラマの初回放送を無期限延期し、同様の疑惑が持ち上がっている俳優のチョ・ビョンギュ出演のバラエティは放送を断念して再撮影に入った。視聴率1位を疾走中の韓流時代劇『月が昇る川』は、主演俳優のジスが自ら「学暴」を認めて降板したことで、主演を替えて再撮影を敢行、撮影と放送を同時並行で進めている。ほかにも、人気ガールズグループの(G)I−DLEの所属事務所CUBEエンターテインメントが、「メンバーのスジンの学暴に関する暴露が続いているのに、否認し続けている」と激しい抗議を受け、人気ガールズグループのエイプリルは、メンバーのイ・ナウンの「学暴疑惑」を受けて活動が中止され、イ・ナウンが起用された広告も次々と停止されている。

「学暴論争」が芸能界に広がり、絶好調だった韓流ビジネス界まで、まさに一大混乱に包まれたのだ。

(G)I-DLEのスジン

人気グループ(G)I-DLEのスジンも対象に
©Penta Press/共同通信イメージズ

女子バレーのスター姉妹

「学校暴力予防法」によると、「学校暴力」とは「生徒を対象に発生した傷害、暴行、恐喝、強要、侮辱、いじめなどの行為の総称」である。そんな「学暴問題」がここまで韓国社会を揺るがすようになったきっかけは、女子バレーボール界のスター選手の事件だった。

興国(フングク)生命の主力選手であるイ・ジェヨン(レフト)とダヨン(セッター)の双子姉妹(1996年生)は、女子バレーボール界の人気スターだ。ソウル五輪女子バレーボール韓国代表の主力セッターだった母親と、ハンマー投げの国家代表だった父親を両親に持つスポーツ名門一家の出身で、本人たちもユース時代から国家代表に選ばれてきた。昨年1月には、韓国がタイを抑えて東京五輪出場権を獲得することにも決定的な貢献をした。双子姉妹は、そうした実力に加え、美貌やスター性まで兼ね備え、テレビ番組にも広告にも引っ張りだこ。所属チームはもちろん韓国女子バレーボール界全体の人気を底上げし、観客動員を牽引してきた。

ところが、興国生命に韓国国家代表のエースである金軟景(キムヨンギョン)選手が入団したことで、双子姉妹を取り巻く環境は一変する。「世界最高のレフト」と評される金軟景選手は、プレーしていたトルコのプロリーグがコロナ禍で中断されたことで帰国し、昨年6月、古巣の興国生命に戻った。2012年のロンドン五輪でMVPに選ばれるなど、長い間「バレーボールの女帝」として君臨してきたスーパースターの復帰で、双子姉妹との間に「対立が生じた」という噂がインターネット上に広まったのだ。

この噂を証明するかのように、双子の妹であるイ・ダヨンが自分のインスタグラムを通じて「先輩からいじめられていること」を匂わせる書き込みをした。

「いじめている人は面白いかもしれないけど、いじめられている人は死にたい」「明日が怖い。どんな傷を受けるだろうか、耐えることができるだろうか……」「もうすぐ暴露するよ、私が全部暴露してやる!」

これらの書き込みから、バレーボールファンは「イ・ダヨンが金軟景を狙い撃ちした」と読み取った。さらにメディアが「金軟景と、イ・ジェヨン、ダヨン姉妹はお互いに口もきかない仲だ」などと書き立てて騒がしくなると、興国生命と金軟景は「チーム内に不和があったのは事実だが、誤解は解けてすべて解決した」と“鎮火”に乗り出した。

バレーボール選手姉妹

発端となった韓国バレー「美人姉妹」、李在英選手(左)と李多英選手

“被害者”から“加害者”に

そこで予期せぬ暴露がインターネット上で行われ、いじめ事件の“被害者”が“加害者”へと一変する大反転劇が発生する。20代~30代の女性が中心となっているオンライン・コミュニティに「現職バレーボール選手によるいじめの被害者たちです」と題して、「小・中学校で同じバレーボール部員だったイ・ジェヨン、ダヨン姉妹からいじめを受けていた」という告発がなされたのだ。書き込みをしたのは4人で、暴露の理由をこう説明する。

「10年も過ぎたことなので忘れて生きようと考えたが、加害者が自分が犯した行動は考えず、SNSに掲載した書き込みを見た。その書き込みで当時の記憶が思い出された。(加害者が)自分を省みることを願う気持ちで勇気を出して書き込みをした」

その上で、4人は「双子姉妹から学生時代に受けた21項目のいじめリスト」を書き込んだ。

「合宿の宿舎で消灯後、お使いを断ると、ナイフを持ってきて脅された」「臭い、汚いからそばに来るなとよくいわれた」「しょっちゅう金を奪われ、腹をつねられ、口をたたかれ、集合させられては拳で頭を殴られた」「本人たちが気に入らないことがあればいつも悪口をいわれ、両親の悪口もよく言われた」……

国民的人気の双子姉妹が過去にこれほど陰惨ないじめをしていたという暴露に非難の世論が沸いたが、姉妹は、書き込みの直後に「反省文」を公開するなど素早く対応し、所属チームも公式に謝罪し、当面の出場停止という方針を決めた。

しかし、これでは収まらなかった。その後も双子姉妹にいじめられたという第2、第3の被害者による暴露が続き、非難は鎮まるどころか、むしろいっそう高まった。さらに、双子姉妹の母親が、チームの練習場に頻繁に出入りして練習に干渉したという非難の書き込みがインターネットで広まり、「母親のパワハラ問題」まで加わって、収拾がつかない事態となった。

双子姉妹のバレーボール界からの「永久追放」を求める世論が沸騰すると、政界もこれに便乗した。文在寅(ムンジェイン)大統領は、黄熙(ファンヒ)新任文化体育観光部長官に任命状を授与する席で、「韓国体育界では暴力、体罰、セクハラなど人権問題が提起されてきた」とし、「問題を根絶できるよう特段の努力を傾けてほしい」と注文を付けた。これを受けて文化体育観光部や教育部は、「学校運動部暴力根絶およびスポーツ人権保護体系改善案」を審議・議決し、「学暴事件を起こした生徒には、選手選抜や大会参加を制限し、プロスポーツでは新人選手の選抜の際、学暴の履歴を確認する誓約書を書かせる」とした。

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スポーツ界全体に広がる

世論や政界の圧力を受けて、バレーボール界は、姉妹の「国家代表永久追放」を決め、興国生命は、姉妹の「無期限の出場停止」と「年俸の支給停止」を発表し、韓国バレーボール協会は、姉妹の母親に授与されていた「立派な母賞」を取り消した。

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