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徹底討論 「医療逼迫」犯人は誰だ|米村滋人×舛添要一×宮田俊男

世界一の医療資源がありながら、なぜ治療が受けられないのか。/米村滋人(東京大学大学院教授・内科医)×舛添要一(元厚生労働大臣・元東京都知事)×宮田俊男(早稲田大学理工学術院教授・医療法人DEN理事長)

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▶︎日本は、病院同士の連携が弱く、しかも行政が介入する余地が小さい。そんな中でコロナが直撃した
▶︎今の医療制度には外部から人員を派遣する仕組みはない。そのためスタッフは限界寸前に陥ってしまった
▶︎日本医師会の動きが悪かった。政府に対策を求める一方で、医師会として何をするかは一言も口にしていない

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(左から)米村氏、舛添氏、宮田氏

「崩壊」や「逼迫」といった表現は適切か?

米村 この冬、新型コロナウイルスの感染者が増加するのにともなって、「医療体制の崩壊」や「病床の逼迫(ひつぱく)」といった言葉が飛びかっています。「崩壊」や「逼迫」といった表現が適切なのか私には疑問なのですが、本来であれば治療を受けるべき患者さんが、円滑に治療を受けられないという、ゆゆしき事態に陥っています。

舛添 そうですね。このところ新型コロナウイルスに感染しているけれど、入院できず自宅で療養しているうちに、症状が急に悪化して、お亡くなりになる方が出てくるようになりました。

宮田 私は東京・代々木でクリニックを運営しており、流行の初期から発熱患者の診察や、PCR検査などのコロナ対応に取り組んできました。そうした経験からいうと、陽性だった高齢者の方や、基礎疾患のある方など、本来なら入院してもいい患者さんでも、自宅療養になるケースが最近、増えています。

舛添 感染者の急増に対して医療の対応が間に合っていない。これは非常に深刻ですね。

宮田 入院できないのは新型コロナの感染者だけではありません。私たちは在宅医療にも取り組んでいますが、他の病気で入院が必要な患者さんのために病床を見つけようにも、難渋するケースがかなり出てきています。また、救急車を呼んでも受け入れる病院が見つからなかった患者さんサイドから、在宅医療の依頼がきたこともあって、このときは私たちが看取りまでおこないました。

世界に誇れる水準なのに

米村 日本には病院がたくさんありますし、病床の数も多い。それなのに、なぜ自宅待機を余儀なくされる新型コロナの患者さんや、適切な治療を受けられない他の病気の患者さんが増えているのでしょうか。

舛添 そう。OECDの統計によると、人口1000人あたりの病床数は13.0と圧倒的に多い。変異株の流行で感染者が激増しているイギリスは2.5ですが、あの国から「医療崩壊」といった声は聞こえてきません。医師数については人口当たりだとOECDの中では下位ですが、看護師の数はそうでもない。人的資源が絶対的に不足しているわけではなく、質量ともに世界に誇れる水準なのです。にもかかわらず、事態に対応できていない。

米村 そこで今回は専門領域や経験の異なる3人で、日本の医療について議論していきたいと思います。

舛添 お二人ともお話しするのは初めてですね。

米村 はい。私は現在、東京大学法学部で民法と医事法の教育・研究を行なっております。大学での講義などと並行して、一般病院で医師として週に1回、診察をしていますので、今回は法学者と医師という立場でお話ししていきます。

宮田 米村さんは東京大医学部に在学中、司法試験に合格して法律の世界へ足を踏み入れたのですよね。

私は人工心臓の研究者から医学部へ転じ、大学病院で心臓外科医などを経験したあと、厚生労働省へ医系技官として入省しました。5年ほど医療政策に携わり、退官後はクリニックを運営して地域医療に取り組みつつ、早稲田大学で医療政策などを講義しています。

舛添 宮田さんは私が厚生労働大臣だったとき、すでに厚労省に入られていたのですか。

宮田 2009年に入省しましたので、数ヶ月だけ重なっています。

舛添 そうですか。私は2009年9月、麻生内閣の総辞職にともない大臣を退任しましたが、最後の大仕事になったのは、この年、日本へ上陸した新型インフルエンザへの対応です。その際の経験と都知事としての経験。これらを踏まえてお話ししていきます。

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予見された医療の「逼迫」

米村 医療の「逼迫」が注目されるようになったのは、いわゆる「第3波」がきてからですが、こうした事態に陥る可能性は、予見できていました。私は昨年の8月にシンポジウムを主催して、「日本の医療体制は大規模感染症に適したものになっていない。今後、感染者が増加していけば大変な事態に陥る」と、警告を発信しています。

しかし、この時期は感染者数が少なかったので、メディアも含め、関心を持つ人は少なかった。

舛添 そうでしたか。私も感染者の急増に対応するためのシナリオは昨年の緊急事態宣言のころから準備すべきだと思っていました。しかし第2波が思ったより大きくなかった上に、Go Toキャンペーンが行われたことで、世間はコロナも一段落という空気になってしまいました。

米村 私が昨年の夏から主張していることは一貫しています。

日本では民間病院が非常に多いのですが、現行の医療法では都道府県など行政が民間病院に対して、「この患者を受け入れて」という指示・命令ができず、協力を要請するしかないのです。

また、それぞれの医療機関の自主性を尊重してきた反面、相互の連携は脆弱で、スタッフも含めた医療資源を一体となって活用する仕組みがない。だから新型コロナのように短期間で患者が急増する局面には対応できない。これが私の見解です。

舛添 民間病院が圧倒的に多いのはその通りで、全国では民間病院の割合が約8割を占めています。東京都ではさらに高くて約9割です。一方、国立病院など国が指揮できる病院は全国で3.9%。都道府県や市町村などが運営している公的な病院は14.5%にすぎません。

宮田 数は多いのですが、規模はそれほど大きくないのが日本の病院の特徴です。海外ではメガ・ホスピタルといわれる、病床数が1500を超えるような巨大病院がいくつもあります。日本では個々の病院の規模が、そこまで大きくないからこそ、連携が重要なのですが、そうした動きが進んでいなかったところに、コロナ禍がぶつかってきた。

米村 まさにそうです。病院同士の連携が弱く、しかも行政が介入する余地が小さい。そんな状態で新型コロナの感染者が増加していったため、何が起きたのか。

行政は民間病院に対して要請しかできませんから、新型コロナの患者を受け入れるかどうかは、病院のトップである病院長の判断にゆだねられますが、受け入れるとリスクが生じるし、コストもかかります。

宮田さんの指摘のように規模の大きくない民間病院が多いので、受け入れの設備、人員が用意できないところもある。重症化リスクの高い高齢の患者が多いから受け入れないと、判断した病院もあるでしょう。

そうなると、いきおい行政が指示できる公的な医療機関、東京都であれば都立病院、大阪府なら府立の医療機関などが中心となって、新型コロナの患者を受け入れることになるわけです。

宮田 民間病院でも果たせる役割は多いので、積極的に対応するべきなのですけど、まだ一部ですね。

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小池都知事

受け入れた病院は疲弊

米村 最初の段階から、受け入れた医療機関と、それ以外との間で負担に偏りが生じたのですが、そこで話は終わりません。コロナ対応の病床を増やす必要が出ると、行政は、すでに受け入れている病院に対して追加要請をするわけです。

人員や設備の問題で受け入れを断った病院に、その後、専門家が来るわけではないし、スタッフが増えるわけでもない。受け入れていないのだから設備も強化されていない。

受け入れる能力はあるけどリスクと見合わないから断った病院も、状況は変わっていないので「受け入れない」という判断も変わらない。

だからすでに受け入れている病院へ追加要請することになって、その結果、負担はますます重くなり、そこで働く医療従事者は疲弊していく。

一方で受け入れていない病院の中には、コロナ感染を恐れた患者が通院を控えたりしたことで、スタッフが過剰になっているところもでてきているのです。

舛添 そう。それが現在、言われている「医療逼迫」の正体で、医療資源の最適な配分の失敗なのです。中国のように巨大なコロナ専用病院を作って、そこに医療資源を集中しなければ、コロナ治療も他の医療も共倒れになりますよ。

米村 日本でも一般の診療を中止して、新型コロナ患者の受け入れ拡大を図った病院はあります。しかしその結果、生じたのは負担の集中です。舛添さんのご指摘のように医療資源をその医療機関へ集中させればよかったのでしょうが、いまの医療制度に外部から人員を派遣する仕組みはありません。いわば「援軍」のないまま、その医療機関の内部で人員を調整して、受け入れた新型コロナの患者さんの治療にあたるしかなかった。そのためスタッフは限界寸前に陥ってしまったのです。

舛添 直接、医療に携わっている医師、看護師もそうですし、保健所なども人手不足で、現場は疲弊しきっていますよ。政治家は言葉だけ並べるのではなく、実質的な支援をする必要があると思いますね。

米村 疲弊している医療現場の状況を改善するために、不足している医師や看護師を外部から派遣してもらうことは有効な策です。

しかし繰り返しになりますが、それを可能にする公的な枠組みはないし、病院同士の連携の仕組みがまったくと言っていいほどないので、協同して対応できない。これが日本の医療制度の根本的な問題なのです。

宮田 普段から連携が進んでいないのに、それを急にコロナ禍の中でやろうとしても無理ですよね。

米村 まさにそうで、医療機関の連携が弱いために、実際にコロナの前から問題が生じていました。その典型が救急車のたらい回しに象徴される救急医療の問題です。患者の重症度に応じた振り分け、病院間での搬送、スタッフを調整して負担の集中を防ぐ。こうした課題は、コロナによる「逼迫」と共通しています。

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