分断と対立の時代の政治入門

日本人の価値観が4象限に散らばっている理由とは? 三浦瑠麗「分断と対立の時代の政治入門」

★前回の話はこちら。

 前回はアメリカの社会・経済的価値観分布が偏っており、トランプ大統領が従来の保守に加えてポピュリストを取り込もうとして成功している一方、民主党大統領選に名乗りを上げたブルームバーグNY前市長に代表されるようなリバタリアンはほとんどいないのだ、というお話をしました。今回は、日本人の価値観について同じことが言えるのかどうかを見てみたいと思います。

 結論から言うと、日本人の価値観分布は、アメリカとは全く異なります。弊社(山猫総合研究所)の意識調査(N=2060、全国の18-79歳、年代補正済)では、価値観分布は次のようになりました(*価値観をめぐる設問はYouGovのものと同じではなく、日本に合わせて設計しています)。

リベラル  26.3%:経済的価値観と社会的価値観においてともにリベラル
ポピュリスト 17.7%:経済的価値観においてリベラルだが社会的価値観において保守
保守 28.8%:経済的価値観と社会的価値観においてともに保守
リバタリアン 27.2%:経済的価値観において保守だが社会的価値観においてリベラル

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 日本人は随分とバランスの良い価値観分布をしているように見えます。
これだけ見ると、本当か、調査サンプルに偏りが大きいのではないか、と思われる向きもあるでしょう。そこで、いささか詳細にわたりますが、本調査に回答した方々の2019年の参院選における投票率と投票先を示しておきたいと思います。まず投票率は、比例代表で特定の政党候補に投票したと答えた人の割合が、61.8%でした(答えたくない、覚えていない、などの回答を除外しています)。

 確かに、実際の今年の参院選の投票率が48.8%であることを考えると、意識調査の回答者には「意識の高い」人が多いことが分かります。

 残念ながら、調査にはこうした乖離は付きものです。前回で扱ったアメリカのYouGovのCCAPパネル調査は8000サンプルを回収していますが、2016年の米大統領選で投票に行ったと答えた人は93%にも上り、異様に高いことが見て取れます。どうしてこういうことが起きてしまうかというと、世論調査に回答してくれる人というのはどうしても意識が高い人が多くなるから、というのが1つ目の理由です。それに加え、2つ目の理由として、アメリカの調査の手法には多少問題があるように思います。人種や政党支持などの割合を実際の母集団の数字に近づけようとして無作為抽出するプロセスを繰り返す過程で、調査実施者が回答者に「介入」してしまっているのです。つまり、何年にもわたってパネルの登録者をスクリーニングし、インタビューしていく過程で彼らの政治意識を逆に高めてしまったのではないかと思われます。

 次に、調査における政党別の得票率を示しておきます。本調査で出た政党別の得票率と比較するため、カッコ内に実際の得票率を記載しています(*ここでいう調査の得票率とは、投票していないと答えた18.5%、覚えていないと答えた5.9%、答えたくないとした18.2%の人びとを除外して、明確に投票先を答えてくれた回答者に限定した政党得票率です)。

自民党36.2%(35.37%)
立憲民主党18.7%(15.81%)
公明党5.7%(13.05%)
日本維新の会14.8%(9.80%)
共産党7.8%(8.95%)
国民民主党2.6%(6.95%)
れいわ新選組5.8%(4.55%)
社民党1.4%(2.09%)
NHKから国民を守る党3.8%(1.97%)

 これは、許容範囲の誤差です。乖離が目立つ国民民主党は、立憲民主党に比べて支持にぶれがあり、投票してもそのことを覚えていない回答者が多いせいか、調査に反映されにくいという傾向があります。反対に、ネット調査ですと、日本維新の会やN国に過大な数字が出る傾向にあります。同種の他の調査と比べてみても、ネットユーザーには年代を問わず維新支持者が多いという偏りの問題があります。党首がYouTubeで名をはせたN国も同じ傾向があるようです。そして、公明党支持者はそのことをあまり明らかにしない傾向があり、同種のネット調査やSNSの投稿分析でも補足しきれない場合が多い。こうした事情にかんがみて吟味すると、それほど実態と外れた数値ではないことがお分かりいただけると思います。

 さて、前置きが長くなりました。なぜ、日本人の価値観はここまで偏りが少なく4象限に散らばっているのでしょうか。一見して分かることは、日本人の価値観は真ん中に分布している人が極めて多いということです。日本人は中庸である、とよく言われます。それはそうなのですが、他の理由も存在していると思われます。本調査で聞いているような多種多様な問題、例えば原発問題から伝統文化、女性問題、格差是正、財政規律、教育への公的支出にいたるまで、価値観の取り合わせが定食メニューになっていないということです。

 定食メニューとはどういうことでしょうか。アメリカのようにイデオロギーが分極化した社会では、本来女性差別的な価値観を抱えていた男性も、リベラルな陣営に属していることで自分がそれまで関心のなかった人種問題や、女性問題、LGBTなどに言及する現象が見られます。その典型例がバイデン前副大統領であるといえるでしょう。バイデン氏は過去の言動において、人種差別に甘い態度を批判されたり、女性からセクハラで訴えられたりしています。けれども、彼は自分が過去に持っていた偏見を一生懸命時代に合わせて直し、リベラルな指導者たらんとしている。これこそが、価値観の定食メニューがもたらす効果です。ハンバーグを頼みたいけれど、コーンスープではなくてお味噌汁がほしいとか、牛丼を頼みたいけれど、お味噌汁ではなくてコーンスープがほしいとかいってはいけない、ということです。

 ところが、社会的イデオロギーが分極化していない日本では、革新勢力のなかに女性差別が残ってしまったり、有権者が「教化」されにくい構造があります。次回は、そのあたりを深掘りしましょう。

★次週に続く

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。


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