中野信子様

内田也哉子さんのこと 中野信子「脳と美意識」

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 先日、樹木希林さんを偲ぶ展示(遊びをせんとや生まれけむ展・特別編)がそごう美術館で開催されているのに伴って、週刊文春WOMAN主催で内田也哉子さんと中野のトークイベントがあり、そこに登壇させていただいた。

 展示はそごう横浜店6階のそごう美術館で1月26日(日)まで見ることができる。渋谷・池袋・広島では完全版と題して 5章にわたって内容が展開されていたが、今回の特別編ではさらに「きものの部屋」「京都の部屋」を加えた全7章、約300点が公開となった。

 希林さんの貴重な愛用品、写真、映像、どこかユーモラスだが芯を食った言葉の数々……巧みな構成によって希林ワールドが形づくられており、展示場に入れば希林さんの内面の一端を覗き、希林さんの独特の思考の面白さを存分に味わうことができるようになっている。希林さんのファンの方にはより濃厚に、そうでない方はそれなりに――と、往年の名ゼリフをうまく応用してみたかったが、どうもぎこちなくなってしまう。反省。

 也哉子さんはおっとりとしたゆるやかな空間を携えた人で、言葉を選ぶように丁寧にお話をされる。複雑なプリーツとレースの組み合わせられたダークネイビーのsacaiのドレスをお召になっていらして、大変に優美でいらした。お話が乗り始めると言葉は途切れることなく、完成された文章がそのまま口の端から流れ出てくるように紡がれて、つい聴き入ってしまう。かつて「語り部」と言われた人びとは、きっとこのようであったのではないか、と思う。

 トークイベントのテーマは、family。也哉子さんにとって、家族というのはまた亡き希林さんにとっても、いつまでも不安定な和声で進行し、解決に向かわない音楽を聴き続けるような落ち着かない感覚がおありだったのではないかと想像してしまう。

 ただ、もしそうなのだとしたら、中途半端な音楽好きなぞはうかうかと近寄れない、現代音楽のようなカッコ良さを持った関係だったのではないかとも思う。甘ったるい調性などは全て排して、俄には理解が難しいけれど、絶妙な緊張状態を保ち続けることでしか成立し得ない、不協和音で構成された高度な調和。

 也哉子さんはとげのないまろやかな声でお話になる。鋭く本質を突く内容であっても抵抗なくスッと聴き手の内に入ってきて、あとからじんわりと意識の表に滲んでくるような、不思議な声を持っている女性である。

 コロンビア大学の心理学者が、声の高さによる印象についての研究を報告している。

 40人の男子生徒に対して、いずれも同じ内容を「高い声」「普通の声」「低い声」の3種類の声で録音した音声を聞かせる。すると、最も低い声で録音されたものが、一番信頼性が高いと評価される、という結果が得られた。また、この声の持ち主は共感性が高く有能であるとも判断された。人を納得させようとしたら低い声で話すのが効果的だろうという結論になる。

 也哉子さんはいつも、落ち着いた低いトーンで、ゆっくりと話される。決してアピールしようと躍起になっているわけではないのに、やけに印象的で、何日経ってもその声が思い出される。なまの感じのする響きで、派手ではないのに独特の色彩があり、ああ、この人の言っていることは本当のことだ、と腑に落ちる。

 お話をしていると、いつの間にか、也哉子さんの世界の中に心地よくハマってしまう。強引に引き込まれるわけではないのに、気づいたら自分からそこにいて、もう出て行きたくなくなってしまう。そんな魔術的な感じのする人である。

(連載第6回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。


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