
100年後まで読み継ぎたい100冊 綿矢りさ「唇が耳のすぐ側」
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文・綿矢りさ(作家)
唇が耳のすぐ側
本のテーマより面白さより、ボソボソとした独特の語り口が身体に染みつき忘れられないことはあり、『万延元年のフットボール』『老妓抄』『人間失格』はそれに該当する。どれも日本文学史に残る稀代の名作であるのは間違いないけれど、どこが素晴らしいか改めて考え直してみると、耳のすぐ真横でほとんど呪文のように呟き続ける低い声音の語り口だ。『万延元年のフットボール』の繊細で緻密な細い根のように世界がじわじわ広がってく語り口、『老妓抄』の小気味良い、「こんなことがあったんだが、まあそれだけだ」と言った風なぶっきらぼう且つ味わいのある語り口。ほぼ洗脳なほどの分かりやすさで救いようのない厭世を告白する『人間失格』の大庭葉蔵。これらの作品の語り手たちはほとんど読者を意識してないのに、自分の中身をさらけ出して語ることで人間の本質を突くから、読んでいる方はまるで言伝を受け取ったように、いつまでも忘れない。
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