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角田光代さんの「今月の必読書」…『ミス・サンシャイン』吉田修一

大学院生が80代の大女優に恋をした

長崎出身の大学院生、岡田一心は、ゼミの教授の紹介で、昭和の大女優の家の片づけアルバイトとして雇われる。それをきっかけに一心は、80代になり、とうに引退している和楽京子、本名石田鈴さんの出演作を見返していく。

デビュー当時の和楽京子は「肉体派」「アプレ女優」と呼ばれ、その後アカデミー賞にノミネートされるほどの大女優となる。興味深いのは、和楽京子出演作を振り返るということは、戦後の映画史、そして戦後の社会の空気を振り返ることでもある、という点だ。

デビュー作である『梅とおんな』をはじめ、カンヌ国際映画祭での受賞作、ハリウッド出演作と、小説内で描かれる映画はすべて架空なのだが、途中まで私は実在映画だと思っていた。なぜ架空だと気づかなかったのか。もちろん書かれているあらすじやレビューに現実味があるからだが、何よりも、敗戦後の社会と、社会が求めた娯楽の関係に現実味があるからではないかとも思う。進駐軍を相手に、その豊満な肉体でしたたかに生きる女の姿に敗戦直後の人々は鼓舞され、海外の映画祭で欧米の作品に負けず劣らず評価されたことで、自分たちも肯定されたように感じ、ハリウッドでの活躍に溜飲を下げ、帰国後の芸者三部作で、高度成長期とともに消えつつある日本の美を再認識し、そして映画は斜陽の時期を迎える。この小説は、時代と映画の関係、ひいては映画とはなんなのかを、和楽京子の姿を借りて描いてもいる。

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