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ルポ・地方は消滅しない 鹿児島県大崎町

地方自治ジャーナリストの葉上太郎さんが全国津々浦々を旅し、地元で力強く生きる人たちの姿をルポします。地方は決して消滅しない――

ルンルン気分でごみリサイクル率日本一

使用-地方5月号 イラスト 鹿児島県大崎町BK JPG

イラストレーション:溝川なつみ

菜の花の畑が見渡す限り続く。

鹿児島県大崎町は春爛漫(らんまん)だった。太平洋側の志布志(しぶし)湾に面した人口約13000人の町である。

畑の主、西﨑貞夫さん(87)が菜の花の栽培を始めたのは、7年前に妻を亡くしてからだ。それまでは夫婦でメロンを作っていたが、労力の要らない菜の花に切り替えた。毎日畑を訪れては、花に声を掛け、まるで家族のようにして愛情を注ぐ。

菜種は収穫後、「ヤッタネ!菜ッタネ!」と名付けられた町特産の食用油になる。「炒め物や天ぷらに使うと香りが立って美味しいですよ」。そう明るく笑う西﨑さんの周囲では、ミツバチやチョウが忙しげに受粉に飛び回っていた。

菜の花の栽培は、町ぐるみで取り組んできた「菜の花エコプロジェクト」の一環だ。ごみのリサイクル率が82.0%と、12年連続で日本一を達成している大崎町の象徴と言える事業である。

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「きれいに咲いたね」。菜の花に声を掛けて栽培する西﨑貞夫さん

だが、かつてはリサイクルとは無縁の町だった。ごみ焼却場がなく、埋立処分場に何でも捨てていた。その処分場が1990年の造成からわずか数年で、満杯予定の2004年まで持たないと分かった。ごみが大量に出る消費社会に変化していたのだ。「当時の町には3つの選択肢がありました」。担当職員だった徳礼(とくれい)勝矢さん(62)が語る。

第1に焼却炉の新設案。これだと建設費が30〜40億円かかるうえ、維持費も毎年2億円近くになる。その頃のごみ処理費は、収集運搬と埋立で9000万円弱。「将来負担が大きすぎる」と除外した。

第2に新埋立処分場の造成案。悪臭がし、カラスが集まったり、ハエが発生したりするだけに、用地を確保するのは不可能だと判断した。

残るは、ごみの分別リサイクルによる処分場の延命しかなかった。町は否が応でも環境意識に目覚めざるを得なくなっていった。

分別は1998年、瓶・缶・ペットボトルの3品目から始めた。

転機となったのは2000年、16品目に増やした時だ。「分類が分からない」「面倒臭い」と住民から批判が噴出した。普通はこの段階で行政の腰が砕けて頓挫する。

だが、東靖弘町長(75)は「ぶれない職員を配置した」と語る。徳礼さんだけでなく、その後の担当職員も厳選して配属した。

それというのも、全国でも極めて珍しいやり方をしたからだ。役場が決めて住民に従わせるのではなく、住民が決めて住民が分別する仕組みにした。本来あるべき自治の姿ではあるが、住民を矢面に立たせるため、支える職員には覚悟が要った。

まず約150の自治会ごとに「衛生自治会」を設けた。分別リサイクルのための住民組織だ。正規の自治会の加入率は3分の2だが、こちらにはごみを出す全戸が登録した。

町全体の衛生自治会長には、住民の信望が厚かった農業委員長が就いた。15人の役員も「議員より影響力のある人が選ばれた」(職員)という。彼らが先頭に立って分別を進めていく。

多品目の分別を楽にするには秘策があった。家庭で行う分別は従来の瓶・缶・ペットボトルに、プラスチック類などを加え、総計5〜8品目程度に絞った。残りの乾電池、古着、割りばしなどといった細かな品目は、月に1度の資源ごみ回収日に、集落ごとに収集場へ持ち寄り、話し合いながら分ける「共同分別方式」にした。「最初から全てをやらなくていい。分ける意志があれば間違ってもいい。集落も皆ではめったに顔を合わさないのだから、ごみ出しで会うだけでも楽しいじゃないか。高齢者の見守りにもつながると、役員の間では議論が深まっていきました」と徳礼さんは話す。

説明会を3カ月で計約450回も開いてスタートした。分別反対の住民には職員が「次の埋立処分場があなたの近所に建設されてもいいのか」と投げ掛けることもあった。

小さな集積が世界を変える

分別品目は現在、27にまで増えている。「町外からは驚かれますが、私達は慣れてしまいました。逆に分けなければ、資源にならないので、不安になるほどです。住民の中には月に1度の資源ごみ回収を楽しみにしている人もいます。私も次第に分別が楽しくなって、ルンルン気分で行っています」と町衛生自治会長の中村幸一さん(67)は話す。

分別は苦痛にならないのか。実態を知るため町中心部の西迫(にしざこ)集落(91世帯)の収集現場を訪れた。

西迫は6班に分かれていて、各班が交代で分別を手伝うことになっている。この日は第6班(21世帯)の担当で、午前6時半頃から続々と都合のつく人が集まってきた。

「おはよう」「お久しぶり」。住民がごみを持って来ると、地区の衛生自治会長の日高昭一さん(73)を先頭に、班員が群がって手伝う。

「ごみは季節を感じさせるね。春の引っ越し時期は段ボール。衣替えの頃は古着。夏にはビール缶」

「あっ、この瓶の焼酎は美味しかった?」などと会話が弾む。

民生委員の女性は「高齢者は分別能力で老化が分かります。家族が来たら様子も聞けるので、単なる分別以上の意味があります」と話す。

朝から笑い声が響き、楽しい1日になりそうな予感がする。私も何度も「おはようございます」と言っているうちにルンルン気分になった。

リサイクルには業者の努力もあった。住民が分別したごみを回収し、さらに分別して出荷する中間処理施設は行政が建設する場合が多い。しかし、大崎町ではし尿の運搬を担ってきた企業が、有限会社のリサイクルセンターを設立した。

同センターの宮地光弘社長(54)は設立前、徳礼さんらと先進地視察を繰り返した。「20億円ほどかかる施設ばかりでした。そこまで立派なのは要らないと、機械込みで約2億3000 万円で建てました」と話す。住民が分別したのをチェックし、さらに50品目に分けて出荷する。

同センターは生ごみ堆肥化のための有機工場も建設した。焼酎工場のイモ破砕機を使ったり、ヨモギから培養した乳酸菌で臭い消しをしたりと、工夫の集積物のような施設だ。

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