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「地銀再編」のカギは“農業ビジネス”にある

地銀の真の復活に必要なのは「数合わせ」ではなく金融の規制緩和だ。/文・浪川攻(金融ジャーナリスト)

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▶︎地銀の経費率(利益に対する経費の割合)は60%台が適正だが、直近3年間は業界全体で右肩上がり
▶︎銀行業以外の分野への進出が期待される。農業はその一つだが、農協の存在もあり、現時点での進出は限定的
▶︎かつては規制をかける側だった金融庁も変わっている。ある地銀トップは「(金融庁は)非常に強い味方だ」とまで語っている

地域銀行は戦々恐々

「将来的には、地銀の数が多すぎるのではないか」

昨年9月2日、自民党総裁選挙の立候補会見に臨んだ菅義偉首相はこう語った。以後、メディアによる再編に向けた観測気球が打ち上げられるたびに、地域銀行は戦々恐々と政府の動きを見つめている。

菅首相の発言に先立つ5月20日、地域銀行同士の統合・合併を独占禁止法の適用除外とする特例法が成立した。これによって同一都道府県内の合併で市場シェアが高まったとしても、独占禁止法が適用されないことが決まった。独禁法の特別措置が適用されるのは2030年までだ。期限を設けたのは「やるなら、今のうちだ」と発破をかけるためだろう。

さらに、就任から2カ月が経った11月17日、菅首相は新たな手を打った。金融庁が2021年夏をめどに「資金交付制度」を新設する方針を示したのだ。これはシステム統合の費用など、合併や経営統合をした際に必要となる初期コストの一部に対する補助金で、上限額は30億円になる見通しだ。政府が地方の金融機関向けに補助金を設定するのは初めてのこと。地銀再編を促すために異例の「公助」を打ち出したのだ。

菅首相が再編を急ぐ背景にあるのは、地域銀行の経営悪化である。東京一極集中により、地方社会ほど人口減少や高齢化の影響が深刻で、産業の衰退も著しい。それに伴い、地域銀行の経営も悪化する一方だ。旧相互銀行の流れを汲み、比較的規模の小さい第二地銀だけでなく、各都道府県で最大規模の金融機関として君臨してきた地方銀行とて例外ではない。

新型コロナの影響もあり、2020年の中間決算は全国の6割にあたる地域銀行で、最終的なもうけを示す純利益が減益もしくは赤字となった。たしかに、地銀再編は「待ったなし」の状況に見える。

だが、忘れてはならないのは、なぜ再編するのかという「目的」だ。菅首相の発言が独り歩きし、地銀の数を減らすことが「目的」であるかのように語られることがある。だが、本来、合併や経営統合は、より良い金融機関になるための「手段」に過ぎない。数合わせが「目的」になっては本末転倒だ。

2020年7月まで金融庁長官を務めた遠藤俊英氏が語る。

「菅総理は、いたずらに銀行の数を少なくすればいいと言っているわけではないと思います。たとえば赤字の銀行同士が合併して、新たな赤字の銀行が誕生するだけでは意味がありません。再編は地域に貢献できる銀行を作ることが目的です。その過程で、結果として数は少なくなるとおっしゃっているのでしょう」

だが、東北地方にある中規模地銀の役員は政府主導の再編について、声を落としてこう語る。

「補助金を受けて経営統合すれば、いちはやく理想的な統合効果を出すよう求められるでしょう。どの銀行も、できれば政府からの圧力は避けたいはずです」

事実、現段階で政府の補助金制度を使って合併すると宣言した銀行は現れていない。菅首相による号令のもと、再編を迫る政府に対し、不安感を募らせる地域銀行。両者の間には深い溝があるのではないか。

①なし

「数が多すぎる」が持論の首相

経費率は右肩上がり

再編を含む改革を迫るのは政府だけではない。昨年11月、日本銀行が「特別当座預金制度」の導入を決定した。これまで、銀行が日銀に預ける当座預金の金利はマイナス0.1%だった。このマイナス金利による「預け損」が地銀の収益を悪化させてきた一因である。今回の特別制度では、マイナス0.1%だった金利に0.1%上乗せする。つまり、マイナス金利が解消されるのだ。ただし、この特別制度には次のような条件がある。

(1)経費率(OHR)を3年間で4%以上引き下げるか、(2)経営統合などの機関決定、のいずれかを満たすことだ。

マイナス金利が解消されるのは大きい。地域銀行側はこの制度を歓迎している。前出の東北地方にある中規模地銀の役員は、制度の適用に向けて、「前向きに考えたい。店舗の統廃合や人件費の削減など聖域を作らない経費削減に挑んでいく」と意欲を示す。

経費率とは、利益に対する経費の割合のことを指し、数値が低いほど経営の効率性が高い。銀行業の場合、60%台が適正ラインとして経営者に意識されてきた。

日銀は、近年の経費率上昇に目を付け、危機感を抱いてきた。直近の3年間を見ると、地域銀行全体としては経費率が右肩上がりだ。地銀の平均値は以下の通りである。

18年3月期-67.66%
19年3月期-68.62%
20年3月期-69.61%

第二地銀はさらに深刻だ。

18年3月期-77.25%
19年3月期-78.12%
20年3月期-79.15%

経費率を3年間で4%以上も下げるのは決して容易ではない。

本誌2月_図表_経費率ワースト_pages-to-jpg-0001

SBIの次なる狙いは?

183ページに掲載した表は、全国に104行ある地域銀行のうち、経費率ワースト25行をまとめたものである。いずれも80%超で、適正ラインを大きく超えている。第1位の島根銀行(110.8%)と第2位の長崎銀行(101.2%)は100%を超える、いわゆる「経費倒れ」の状況だ。

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