文藝春秋digital記事TOP感染源中国

SARS、鳥インフル、新型コロナ……中国がいつも「感染源」になる理由

中国が発生源とみられる新型コロナウイルスが、日本でも感染を拡大している。ウイルスの病原性は季節性インフルエンザ並みと言われているが、未知のウイルスだけに、予断を許さない。

新型コロナウイルスの元々の宿主はコウモリと推定されているが、動物のウイルスがヒトに感染する人獣共通感染症によるパンデミックは、これまで何度も人類を脅かしてきた。新型インフルエンザだけでも、1918年のスペインかぜは全世界で5000万人ともいわれる死者を出した。57年のアジアかぜ、68年の香港かぜ、そして記憶に新しい2009年のパンデミックインフルエンザだ。

過去4回のパンデミックのうち、アジア、香港の2回は、中華圏が発生源と言われている。それに加えて02〜03年にかけてのSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行、そして今回の急性呼吸器疾患(COVID-19)、さらには、鳥インフルエンザウイルス(H5N1)に感染した人が多発したのも中華圏だ。

なぜ、中華圏が発生源となるのか。そのメカニズムを人獣共通感染症の第1人者である北海道大の人獣共通感染症リサーチセンターの喜田宏・特別招聘教授に聞いた。/取材・構成=辰濃哲郎(ジャーナリスト)

使用_20200213_170244_トリミング済み

喜田氏

過去2回のパンデミックが中華圏から

1月22日から23日にかけて、世界保健機関(WHO)が開いた専門家による緊急会議に電話で参加した。中国・武漢での新型コロナウイルスによる感染拡大を受けて開かれたもので、WHOとして「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言するかどうかが注目された節目の会議だった。

会議では、誰かが発言するたびに中国側が意見を挟んでくるので、とても長引いた。緊急事態宣言については、半分の参加者が賛成し、残り半分は時期尚早との意見で、最終的にはテドロス・アダノム事務局長の判断で宣言は見送られた。

私自身、あの時点では広がりを証明する情報が不足していると感じたので、妥当だったと思っている。宣言を出そうにも根拠となる情報が少なすぎた。

中間宿主の特定が最重要

 この会議で私が注文を付けたのは、感染しても症状を示さない人や、これから発症する人の数ははるかに多く、その時点での感染者数は氷山の一角に過ぎない。このウイルスの伝播経路をきちんと調査することが重要だと説いた。コウモリが宿主だと言われているが、直接ヒトに感染するとは考えにくい。コウモリの中にいるウイルスが種を超えて感染する変異ウイルスを生んだ中間宿主が必ず存在するはずだ。

 SARSのときも自然宿主としてコウモリが疑われたが、中間宿主は突き止められなかった。生きた動物を売る市場にいた何匹ものハクビシンからSARSコロナウイルスが分離され、遺伝子配列もみんな同じだったという。つまりハクビシンが中間宿主だと言うんだが、それは、おかしい。私はヒトからうつったものじゃないかと意見した。

 なぜなら、あちこちから集められたハクビシンなのに、全く同じウイルスなんてあり得ない。きっと店の人が感染して、それがハクビシンに感染したと考えるべきだ。

 なぜこんな話をするかというと、宿主や中間宿主を突き止めることは次の対策を考えるうえで重要なのだが、そのための調査は、予断を排して科学的にやらなければならない。こういった疫学調査は難しいんですよ。

 今回の新型コロナウイルスも、コウモリのウイルスが海鮮市場でセンザンコウとかヘビとかの中間宿主を介して広がったと言われているが、私も参加する国際獣疫事務局(OIE)の非公式グループが調査をすることになっている。

感染継代で病原性を獲得

 本題のなぜ中国か、という問いに答えるためには、ウイルスとはどういうものかを説明しないと理解は深まらない。インフルエンザウイルスを例に、少し説明しよう。

 インフルエンザウイルスの自然宿主はカモだと聞いたことがある人もいると思う。カモは夏にシベリアの営巣湖沼で生活し、冬には渡り鳥として南に飛んでくる。ウイルスはカモの大腸で増殖し、フンとともに湖沼の水に排泄される。でも、病原性はないから、カモも死なないし、他の鳥やヒトにうつることもない。

 私たちがシベリアの営巣湖沼でフィールドワークをしていた90年代でも、現在でも、湖沼には様々な型の鳥インフルエンザウイルスが存在する。冬には天然のフリーザーになるから、ウイルスはそのまま越冬する。つまりカモとウイルスは共生しているんです。

 ところが、そのカモが南に飛来して、他の鳥や動物に感染すると、それら宿主の体で増殖しやすい変異が起きてウイルス感染が拡大する。中国南部ではとくに生鳥市場のように、水鳥と陸鳥が生きたまま飼われている環境で、アヒルやガチョウなどの水鳥からウズラなどのキジ科の陸鳥に、次いで同じ科の鶏に感染する。ウイルスに感染した鶏が養鶏場に持ち込まれ、少なくとも半年以上、鶏の間で受け継がれて症状のあらわれない不顕性感染伝播を繰り返し、そこで鶏の全身で激しく増殖する変異ウイルスが登場する。鶏舎の鶏が全羽死亡して初めて高病原性鳥インフルエンザの発生が明らかになる。したがって、高病原性鳥インフルエンザウイルスの病原性は、あくまでも鶏に対するもので、他の種の鳥や動物に対する病原性ではない。

使用_IMG_5013_トリミング済み

 新型コロナウイルスも、こういった伝播経路を経てヒトに適合するウイルスに変異したのだろう。だから、伝播経路の解明は大切なのだ。

 この伝播経路の解明に欠かせないのが、ブタの存在なんだ。鳥インフルエンザウイルスがブタに感染すると危険信号が灯る。ブタはヒトと鳥の両方のインフルエンザウイルスに感染するレセプターを持っている。レセプターとはいわば鍵穴のようなもので、ウイルスの持つ鍵に合致するような受容体だ。ヒトと鳥のウイルスがブタに同時感染すると、呼吸器の細胞内で交雑してヒトに感染するようなウイルスが出現することがある。これが遺伝子再集合と呼ばれる現象で、これまでヒトが経験したことのない亜型だと新型インフルエンザウイルスとなり、人間の世界でパンデミックを起こす。

カギを握るのは「ブタ」の存在

 私は、カモ由来のウイルスがアヒルなどの家禽経由でブタに感染し、ヒトのアジアかぜウイルス(H2N2)が同時感染して生まれたのが68年の香港かぜ(H3N2)であることを突き止めた。77年にシベリアから北海道に飛んできたカモから香港かぜとアジアかぜウイルスの遺伝子を持ったウイルスが分離された。このことからパンデミックインフルエンザウイルスの出現機構の解明につながった。全部、カモが教えてくれたことなんだ。

 従来は大きな抗原変異と考えられていたが、どう考えても新しい遺伝子が入らないと生まれない。この遺伝子再集合について、私が「ミキシング・ベッセル」(混ぜ鍋)と表現したら、専門家が新型ウイルスは中華鍋から出てくると勘違いしたのには驚いたが。

 09年の新型インフルエンザウイルス(H1N1)も遺伝子解析から、メキシコ周辺のブタを介していることがわかっている。スペインかぜも米国で流行する前にブタインフルエンザが流行していたから、ブタ経由だと考えられるし、アジアかぜもそうだろう。

 学生に鳥インフルエンザウイルスをブタに継代する実験を命じたところ、継代3代目でヒトのレセプターに結合するウイルスが優勢になった。アミノ酸が2個変わればヒト型になってしまうから、さして難しいことではない。

 だから、パンデミックインフルエンザ対策で最も大切なのは、世界でブタの疫学調査を継続的に実施することだと主張して、すでに始まっている。そうすればある程度は新型インフルエンザウイルスの亜型が予測できるはず。

 今回のコロナウイルスもコウモリから直接、ヒトに感染したとは考えにくい。ブタのような中間宿主がいるはずだ。

 ウイルスの感染のシステムがわかると、中国がなぜ発生源になることが多いのかがわかりやすい。

 歴史上わかっている範囲で言えば、人類が経験した4つのパンデミックのうち2つは中華圏から出ている。そしてSARSもそうだ。パンデミックではないが、鳥インフルエンザウイルスによるヒトへの感染も、すべて中華圏から発生している。

 第1に言われているのは、先に述べたように生鳥市場の存在だ。動物市場とか海鮮市場とも言われているが、生きた鳥や動物が密集しているから感染が繰り返され、その間にヒトに感染する能力を獲得する。

 おそらく周辺では、これまでも原因不明の呼吸器疾患の流行などがあったはずだが、小規模で気づかなかったのか、インフルエンザと同じような症状で区別がつかなかった可能性もある。生鳥・動物市場は、動物を宿主とするウイルスが種を超えてヒトに感染する温床になっている。

カンバンーjlp14323776

中国の生鳥市場

 SARSのときも指摘され、一部改善されたとも聞くが、なかなかはかばかしくない。だが、これは中華圏の文化のひとつで、頭ごなしに批判しても意味がない。文化を尊重しつつ、世界的な公衆衛生の問題として理解してもらう必要がある。

「生で食べる」ことの危険性

 それから中華圏には生のものを食べる習慣があるが、これは気を付けた方がいい。あくまで私のウイルス研究の経験から言うのだが、鳥や動物が呼吸器で感染するより、なぜか食べて感染した方が症状は重い。

 例えば、79年末から80年代初めに米国・ケープコッドの海岸に大量のアザラシが死んでいるのが見つかった。私も米国研究者と行って調べたが、H7N7の鳥インフルエンザウイルスが呼吸器だけでなく脳からも分離されたひどい感染だった。きっと感染した鳥を食べて死んだのだろう。

 04年に日本で79年ぶりに鳥インフルエンザウイルスが出現して養鶏場の鶏が大量死した。京都府の養鶏業者が野積みにした鶏の死骸を食べたカラスがたくさん死んだことがあった。カラスはインフルエンザウイルスに対する感受性がさほど高くないが、食べるとやはり症状が重いのだと感じた。

ここから先は、有料コンテンツになります。記事を単品で購入するよりも、月額900円の定期購読マガジン「文藝春秋digital<シェアしたくなる教養メディア>」の方がおトクです。今後、定期購読していただいた方限定のイベントなども予定しています。

★2020年4月号(3月配信)記事の目次はこちら

ここから先は

3,169字 / 3画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください