この東京のかたち

ベッドタウン銀座 門井慶喜「この東京のかたち」#3

★前回の話はこちら。
※本連載は第3回です。最初から読む方はこちら。

 その街はむんむん動物のにおいがしました。猿芝居、犬の踊り、熊や虎の見世物小屋……浅草や両国ではありません。銀座の話です。銀座に見世物小屋があったんです。

 とにかく毎晩たいへんな人気だった。明治8年(1875)8月31日付「郵便報知新聞」には、午前1時すぎまで騒がしかったとあり、

「新橋よりゑびすやの辺が最も人通り繁(しげ)く」

 うんぬんとあります。もしも「ゑびすや」というのが松坂屋の別号をさすとしたら、現在のGINZA SIXでしょうか。かなり長い人の列です。もちろん当時の新聞はしばしば事実を誇張しますので、割り引いて読まなければなりませんが、こんにち最高級の商店街であり繁華街である銀座の街も、こんな一時期があったことは確かでした。

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 つまりはそれほど廃れていたのだ、と言うことができたら話は単純でいいのですが、ややこしいことに、当時の銀座は最高級の住宅街でもありました。その少し前、明治5年(1872)の火事で丸焼けになり、政府が新しく、

 ――銀座煉瓦街。

 というものを建てたのです。

 一種の災害復興事業です。これにより銀座通りは拡張されて現在とおなじ広さになり(中央通りです)、ガス灯が立てられ、その左右には2階建て、煉瓦造、ただし外壁を白く塗られた住宅がずらりと建ちならびました。

 まったく非日本的な光景になったわけですけれども、くりかえしますが住宅です。要するにお客が呼べる街ではない、商店街や繁華街にはなり得ないと政府に見くびられたのです。

 ここが銀座のつらいところです。何しろ立地が中途半端でした。商店街なら北に日本橋という徳川期以来の「都心」がありますし(このことは前回ふれました)、繁華街なら南に新橋がある。新橋もやっぱり徳川期以来の花街だから、或る意味、東京でいちばん酒がうまいところです。

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 その日本橋と新橋のちょうどまんなかにあって、どっちにもなれない無個性な街。ただ広大なだけの真空地帯。こういう場所が、極端にいえば、

 ――寝られりゃいい。

 という場所になりやすいのは、むかしもいまも変わりません。銀座という街はこうして日本初の衛星都市、日本初のベッドタウンになりました。そのくせ東には築地があり、当時は外国人居留地がありましたから、彼らの目も意識しなければならない。政府がけっこうなお金をかけて建物を煉瓦造にしたのはこのためです。

 そのベッドタウンも、ふたをあければ空家だらけでした。あんまり街なみが西洋的なため、日本人には落ち着かないし、価格も高かったのでしょう。昼はずいぶん静かだったとか。そうして住宅街というのは、人が住まないと、たちまち柄が悪くなります。

 これまた古今を問うことがありません。かくして猿芝居、犬の踊り、熊や虎の見世物小屋があらわれて、郵便報知が取材に来た……こんにちの銀座の上品さ、はなやかさにすっかり慣れた私たちは、しばしば、

 ――この街の発展は、はじめから約束されていた。

 などと言ってしまいがちですが、しかしそれは安直な伝記本とおなじ。偉大な事業をなしとげた誰それは、じつは幼いころから後光のさすような天才だった、というような、あの結果論的な話運びにすぎないのです。私たちは「銀座煉瓦街」という甘美なひびきに目がくらんではいけません。

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(連載第3回)
★第4回を読む。

 門井慶喜(かどい・よしのぶ)
1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。08年『人形の部屋』、09年『パラドックス実践』で日本推理作家協会賞候補、15年『東京帝大叡古教授』、16年『家康、江戸を建てる』で直木賞候補になる。16年『マジカル・ヒストリー・ツアー』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。その他の著書に『定価のない本』『新選組の料理人』『屋根をかける人』『ゆけ、おりょう』『注文の多い美術館 美術探偵・神永美有』『こちら警視庁美術犯罪捜査班』『かまさん』『シュンスケ!』など。
2020年2月、東京駅を建てた建築家・辰野金吾をモデルに、江戸から東京へと移り変わる首都の姿を描いた小説『東京、はじまる(仮)』を刊行予定。



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