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山内昌之「将軍の世紀」|寛政改革の行詰り (3)「御楽屋がしれる」 定信の隠密政治

歴史学の泰斗・山内昌之が、徳川15代将軍の姿を通して日本という国のかたちを捉えることに挑んだ連載「将軍の世紀」。2018年1月号より『文藝春秋』で連載していた本作を、2020年6月から『文藝春秋digital』で配信します。令和のいま、江戸を知ることで、日本を知るーー。今月登場する将軍は、第11代・徳川家斉です。

※本連載は、毎週水曜日に配信します。

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 盗妖騒動の余波が醒めやらぬ寛政三年夏頃にはやった「御時節七不思議」のなかに「御政道の厳しいに、先頃中の夜盗押込」という皮肉めいた落首がある(『よしの冊子』下、十六)。確かに何故に幕府を恐れぬ犯罪が起きたのか。定信は、誰の利益にもなると信じる改革のさなかに盗妖が跋扈した原因と処方を探るために老中たちに「御相談」(四月二十六日付)を回した。いかにも定信らしく、事件の本質は数十年来の奢侈や怠惰の「風儀」が蔓延して武士の「義気が日々に衰(おとろえ)、廉恥月々に滅び、軽薄の風俗さかんに相成(あいなり)候」となり、節倹などの「義心」を心掛けても、かねてから衰弱の「義気」はなかなかに上向きにならない。そして定信は「下々の勢ひを増長いたし来り候」と考えた(『寛政改革の研究』)。忠義や義侠の意気の衰えは、札差(蔵宿)に金を借りた旗本御家人の「利倍増していつ果べしとも見えず」、困窮に陥った御家人を「あしざまにもてなし、かつておそるるけしきもなく」、札差に代って手代が「あしざまにあしらい侍るなんど、けうときふるまいなり」と定信が怒るのに通じる(『宇下人言』)。もっとも、定信は将軍補佐となった天明八年に老中一同に回した「老中心得十九ケ条」でもすでに「町人百姓下賤の者ニ候とてあなとり申すまじき事」(五条)としていたように(『有所不為斎雑録』第廿四)、「下々の勢ひ」を無視できないことを早くから知っていた。

 しかし、定信がいちばん心を許したはずの側用人・老中格の本多弾正大弼忠籌(ただかず)は、「武威の衰」を危惧する定信に同意するにせよ、政策の達成目標と結果との乖離を問題にしており、定信よりも犀利な洞察を示した。倹約を進めるのはよいが、統制をあまりにも強め、出版を厳しく規制すると「人情屈し居候」(感情のゆとりを萎縮させる)ではないか、と忠籌ならではの下情に通じた危惧を見せる。ここにきて二人の齟齬は狂歌でも冷やかされる。「白川をにごすハ本多うそじやない虚談上手(弾正)で國の大弼」と(『よしの冊子』下、十四)。忠籌は、寛政二年五月に大人向けの黄表紙だけでなく子ども向けの草双紙も厳しく規制されたことを懸念したのである。定信は古の出来事を装いながら現実について「不束なる儀」(不謹慎なこと)を書く作品を許せなかった(佐藤至子『江戸の出版統制』)。

 ましてや黄表紙ともなると、現代人でさえ読みだすと笑いが止まらない改革政治の風刺に定信は苦虫を噛み潰したような思いだったに違いない。山東京伝の『孔子縞于時藍染』(こうしじまときにあいぞめ 『黄表紙 洒落本集』所収)は、聖賢の教えが世に浸透するあまり、乞食まで橋上で漢籍を学び、いも売りの孝行、大工の忠義から始まり、『春秋』の「魯の西の狩に麟を獲たり」と聞けば孔子も淋病を患ったとまじめに語る。有徳の町人が欲深そうな番人に金を渡しても、老年で戒めるべきは金銀をむさぼることだと『論語』の教えを引合に出し、金を受け取ろうとしない。ざっとこういう具合で、寛政改革の儒教奨励や禁欲主義の成果をパロディー化しているのだ(棚橋正博『山東京伝の黄表紙を読む』)。

 公儀への風刺、実は自分への嫌味に厳格に対処しがちな定信と、草紙くらい楽しめないと「小人ハ慰なき也」と寛大な忠籌との差異は小さくない。また忠籌は定信が多用した隠密目付の出没を御家人が「ひそひそとして」警戒する様をよくないと、定信をたしなめる風情もある。隠密の御小人目付は或る御家人が三味線を弾くのを見て要注意人物として「帳面」に星を附けたところ、隠密の友が此奴は左様な人間でないと庇った。すると、非行の注進がないと上の目付が不満を言うからというのだ。この友は星が附かない人がいればそれだけ良い世だということではないか、公儀の「御楽屋がしれる」と怒りを隠さない(『よしの冊子』上、六・七。下、十六)。忠籌は隠密政治を辞さない定信の暗い一面に批判的だった。弾正大弼忠籌は「弾正殿ハどふもよい人だ。何もかも入りわたり氣付て丁寧で扨々功者ナんヨイ御役人」と評判がよかった(『よしの冊子』上、三)。

 定信には改革原理主義ともいうべき禁欲主義を譲る意志がないというより、そうした感性をそもそも持ち合わせなかったのだろう。将軍補佐となった翌年、天明九年正月の「心得書」では、旗本の知行はもともと先祖の勤めによるのに、「自身の物」と錯覚して百姓を虐げ撫育する心もなしに役を課する者がいる、と非難した。心正しくない不行跡は、「若年より無学にて、何事も弁へず育ち候よりの事に候」と断じていた(『甲子夜話』6、巻九十の三。『甲子夜話続篇』4、巻四十三の三)。この指摘は先に見た島津斉宣の訓諭書とも共通している。不行跡をただすために「弓馬の道」、殿中の「月次の講釈」、聖堂の「日々講釈」を受けるべきと語る一方、忠籌との議論の前後にますます学問への統制と奨励を強めることになる。

★次回に続く。


■山内昌之(やまうち・まさゆき)
1947年生、歴史学者。専攻は中東 ・イスラーム地域研究と国際関係史。武蔵野大学国際総合研究所特任教授。モロッコ王国ムハンマド五世大学特別客員教授。東京大学名誉教授。
2013年1月より、首相官邸設置「教育再生実行会議」の有識者委員、同年4月より、政府「アジア文化交流懇談会」の座長を務め、2014年6月から「国家安全保障局顧問会議」の座長に就任。また、2015年2月から「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」(略称「21世紀構想懇談会」)委員。2015年3月、日本相撲協会「横綱審議委員」に就任。2016年9月、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の委員に就任。
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