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【74-文化】「ひろしまタイムライン」当事者のいない歴史の危うさ|切通理作

文藝春秋digital
文・切通理作(評論家)

「三国人」という俗称

戦争体験者が次々と鬼籍に入る時代となり、その証言をじかに聴く機会が少なくなっている。広島・長崎の被爆者の場合も、いずれひとりもいなくなるという危機感から、2世以降の世代が、所謂「語り部」を引き継ぐ動きも出ている。かくいう筆者も4年前、長崎で被爆した母の聞き取りを『15歳の被爆者 歴史を消さないために』(彩流社刊)という本にした。

2020年にはNHK広島放送局が「1945ひろしまタイムライン」というプロジェクトを始めた。いまの高校生や公務員、元民放アナウンサーなどが、被爆前後に実在した存命含む当事者をもとにしたフィクションの登場人物になり代わり、インターネットのSNSで日々つぶやくというもの。そこでは戦災のことだけでなく、日々の食事など生活のディテールなども盛り込まれ、当時への想像力を掻き立てることに成功していた。

ところがある日、そのなかのキャラクターである「シュン」(軍国少年に憧れているというキャラ付けがなされている)が、戦災の激しさとは別の意味で、物騒なことをつぶやいた。

「朝鮮人だ!! 大阪駅で戦勝国となった朝鮮人の群衆が、列車に乗り込んでくる!」(8月20日)、「『俺たちは戦勝国民だ! 敗戦国は出て行け!』圧倒的な威力と迫力。怒鳴りながら超満員の列車の窓という窓を叩(たた)き割っていく。そして、なんと座っていた先客を放り出し、割れた窓から仲間の全員がなだれ込んできた!」(同)

これらの投稿が問題となり、抗議が殺到して、NHKは「配慮が不十分だった」と謝罪するに至ったが、タイムラインでの発言はモデルとなった人物が実際に見聞したことに基づくものと釈明。

だがじつは、この「朝鮮人」という表記は、「シュン」のモデルとなった新井俊一郎さん(戦災当時中学1年生)の手記には「第三国人」と表記されていたものの言い換えである。

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