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蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。

★巽外夫

元住友銀行会長の巽外夫(たつみそとお)は、危機の時代に頭取を務め、時宜を得た決断で乗り切り、次世代につないだ。

1990(平成2)年10月、当時の磯田一郎会長が、退任を表明する。しかし巨額の融資が焦げ付いた伊藤萬(後にイトマン)を放置したまま、実際に退く様子はなかった。そこで常務だった西川善文が緊急部長会を開いて磯田の退任要望を決議する。頭取だった巽は、その要望書を携えて磯田に退任を迫った。

23(大正12)年、福井県に生まれる。幼時はやんちゃで旧制中学時代には素行不良のため親が教師に呼ばれた。旧制松江高校(現・島根大)に入学。野村證券会長となる田淵節也と友人になり、共に京都大学に進学する。

しかし、すぐに学徒動員で舞鶴の海兵団に入隊し、終戦時は鹿児島県の海軍航空隊にいた。戦後、復学した大学では山岳部に籍をおき、日本アルプスを踏破する。後に「登山も経営も無心が大事」と語っていた。47(昭和22)年、卒業と同時に住友銀行に入行する。

当時、大卒を小さな支店に配置する計画があって、巽は大阪の江戸堀支店を皮切りに、平野支店長になるまで約20年支店勤務を経験した。本店では営業部、審査部、融資部を経て、72年に取締役。その後、本店営業部長、常務、専務、副頭取などを歴任する。

この間、アサヒビール、関西汽船、来島どっくなどの再建に関わった。注目されたのはマツダの再建で、アメリカまで出かけフォードの経営陣と直接交渉して、資本提携を成功させる。また、磯田が強引に推進した平和相互銀行の吸収合併や、安宅産業破綻の残務処理にも携わり、粘り強い仕事が評価された。

若い頃、神戸支店の時代には、やさ男ぶりを発揮して預金集めに驚異的な成績をあげたという「伝説」がある。マスコミから取材を受けるようになってのちは、理路整然と語るのに本音は漏らさないという「悪評」もあった。

イトマン問題では、「猫に鈴をつける」役を担っただけでなく、93年に不良債権を分離して住友系の企業に吸収合併させ、ときには自ら出向いて処理にあたった。同年に会長になり、97年まで務め相談役に退いたが、ほとんど経営に口をださなかった。

西川に頭取就任を促したとき、西川は「私は営業の経験が少なく、不良債権処理ばかりで、頭取には向きません」と断った。巽は微笑んで「だからこそ、いま君なんだよ」と説得したという。(1月31日没、老衰、97歳)

★鴨下信一

20170612BN00147 鴨下信一

テレビ・ディレクターでエッセイストの鴨下信一(かもしたしんいち)は、東京下町生まれのこだわりと深い教養を、ドラマや文章のなかで豊かに結合させた。

1977(昭和52)年の『岸辺のアルバム』を撮るさい、俳優たちに舞台となる家を歩き回らせ「階段は見ないで昇り降りできる」ようになってから演技してもらった。「こうした稽古がドラマをどれほど良くしたか知れない」。

35年、東京の下谷に生まれる。実家は商家で裕福だった。幼いころ父親が朝早く男を連れて戻ってきて、母親と喧嘩になった。出入りの職人が、「坊っちゃん、あれが付け馬というものですぜ」と教えてくれたという。子供の時から芝居や寄席に親しむ。

開成中学に入学し、開成高校に進んだが演劇にのめり込んで一浪し、東京大学文学部では美学を学び演劇研究会に入った。卒業後、テレビを始めて間もないラジオ東京(後にTBSテレビ)に入社、ディレクターを目指す。

この頃、先輩のディレクターが自宅に連れて行ってくれて「いいか、ディレクターを目指すなら、本を読んじゃだめだ。映画なんか見るんじゃないぞ」と言うのでショックを受ける。本が大好きで、映画もよく観ていた。

鴨下が最初に担当したのは、美空ひばりリサイタルの中継だった。77年の『岸辺のアルバム』では、幸福そうに見える家庭の崩壊を冷酷に描き出し、家が流れてしまうシーンが衝撃的だった。

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