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イグ・ノーベル賞記事が「日本人受賞」を問いかける理由|小川さやか

なぜイグ・ノーベル賞を報じる記事には、毎年「日本人が〇年連続で受賞」という見出しが躍り、日本人の受賞が多いことを問いかけるのか? 著書『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』で第51回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した小川さやかさんが、その理由とイグ・ノーベル賞に込められた「表と裏の面」について考察する。(文・小川さやか/文化人類学者・立命館大学教授)

【選んだニュース】「5歳唾液・わさび警報… 日本はイグ・ノーベル賞大国」(9月12日、NIKKEIプラス1)

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小川さやかさん

 9月17日(現地時間)、2020年のイグ・ノーベル賞が公表された。「不名誉な」「下品な」「不誠実な」という意味の「Ignoble」と「ノーベル賞」をかけあわせたイグ・ノーベル賞は「人を笑わせ、考えさせる」ことを基準に選ばれる賞である。2020年は、無害のヘリウムガスを吸わせるとワニの鳴き声が変化するかを調べ、ワニの発声原理を明らかにした京大霊長類研究所の西村剛准教授ら日米欧のチーム5人が音響学賞を受賞したほか、「眉毛でナルシストを見分ける方法を考案」(心理学賞)「外交官が互いに夜中、ピンポンダッシュした」(平和賞)「殺人依頼を5次下請けまで回し、決行されずに逮捕された」(経営学賞)など、例年通り、風変わりな受賞理由が勢ぞろいした。

 ところでイグ・ノーベル賞を報道する新聞の見出しには、毎年、「日本人が〇年連続で受賞」と躍る。そして毎年のようになぜ日本人の受賞が多いのかを問いかける記事が出る。公表の数日前に書かれた日経電子版の「5歳唾液・わさび警報… 日本はイグ・ノーベル賞大国」でも、同様の問いかけがなされている。

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※写真はイメージ (C)iStock.com

 記事では、「日本人は真面目で『これだ』と決めたらこつこつやる。周囲の人も応援する。学問を尊ぶ風土が大量受賞につながっているのでは」という立教大学特任准教授の古沢輝由氏の見解や、「ノーベル賞もイグ・ノーベル賞も純粋に研究者が好奇心を突き詰めた結果である点で同じ。すぐに役立つか分からない基礎研究を長く続けてきた日本の科学研究の裾野の広さが背景」とする日本科学未来館の科学コミュニケーターである田中沙紀子氏の指摘、さらには「日本は、変わったことをする人に寛容でそれを誇りに思う国だから」という同賞の創設者の一人マーク・エイブラハムズ氏の講演での言葉が紹介されている。

 驚きだ。日本人論の是非は脇に置くとして、「学問を尊ぶ風土」「すぐに役立つか分からない基礎研究」「変わったことをする人に寛容」とは、一握りの研究者に資金を集中させ、研究者や大学同士を競わせる「選択と集中」政策が展開し、早期の成果を期待できる応用研究が有利となった日本の科学研究をめぐる現状において、いままさに軽視されつつあると科学者が嘆いている内容そのものではないか。記事でも「科学研究の現場で、論文の質よりも量を優先する傾向が強まったと言われて久しい。昔は日の当たらぬ研究でも温かく見守る余裕が日本の大学にはあった」と添えられている。

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