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「自粛警察」の正体──小市民が弾圧者に変わるとき|石戸諭

「正義」に駆られたとき、人は豹変する。自称「撃退・報道系ユーチューバー」の「令和タケちゃん」は、どこにでもいる26才の生真面目な若者だ。オンライン上とオフラインの言動には多くのギャップがある。彼を駆り立てるものは何なのか。暴走する人々の内在論理に肉薄するレポート。/文・石戸諭(ノンフィクションライター)

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石戸氏

「自粛警察」側の論理

緊急事態宣言が発令されてからわずか1週間後の東京・JR大塚駅前――。4月14日午前5時ごろ、事件は起きた。豊島区職員の男が飲食店2店舗のドアに、「営業するな!火付けるぞ!」などと書かれたダンボール紙を貼り付けたのだ。

威力業務妨害容疑で逮捕された63歳の男は、もともと別の自治体職員で、定年までキャリアを積み、2018年度から豊島区に再雇用されていた。住宅課職員として、空き家の再利用問題などを担当していたという。その勤務態度は真面目そのもので、大きな問題はなかった。男が自粛を求めた店は、新型コロナウイルス禍で短縮営業を余儀なくされただけでなく、脅されたことで一時休業に追い込まれた。落ち度はまったくないにもかかわらず、である。

保釈された男は、5月26日、区役所内で人事担当職員ら3人から事情を聞かれている。実際に彼と対峙した職員は驚きを隠さない。動機として語られたのは「行き過ぎた正義感」だったからだ。

「事実関係についてはすべて認めています。聴取の中で印象的だったのは『お店に申し訳ないことをした』『謝罪したい』と繰り返し語っていたことです。非常に落ち込んでいました。この人がどうして、いっときの感情に任せて過激なことをやってしまったんだろう、とおもわず考えてしまいました」(区職員)

自粛に協力していない、と彼らが認定した店舗に私的制裁をする行為を、自粛警察と呼ぶ。例えば、開いているパチンコ店に抗議があったことも数多く報じられた。だが、各地の被害は伝えられた一方、「自粛警察」側の論理について、推測を超えた記事はなかなか目にすることはなかった。いったい彼らはどのような人々なのだろうか。

パチンコ客に罵声を浴びせる

「自粛警察」活動に勤しむ彼――自称「撃退・報道系」ユーチューバーの「令和タケちゃん」は、どこにでもいる26歳の若者である。

「病気です、病人です。あのおばさんを見てください。病院に行けよ。家に帰れ、この野郎。小池都知事のいうこと聞けよ、ババア。みんな、外出自粛してるんだよ。パチンコじゃなくて、病院に行けよ」

5月1日、1本の動画がユーチューブにアップされた。東京・亀有駅前のパチンコ店「アムディ亀有」にタケちゃんが降り立ち、訪れる客に暴言を浴びせる動画だ。マイクを持った彼は、冒頭からこの店に集う客を映し、執拗に罵声を浴びせ続けた。再生回数は2ヶ月弱で89万回を数える。彼の姿は、誰に頼まれたわけでもないのに自粛を求め、開いている店舗に押しかけ私的制裁を加える「自粛警察」のイメージそのものだ。

カンバン_令和タケちゃん

パチンコ店前で叫ぶ「令和タケちゃん」(右)(ユーチューブより)

だが、彼にはもう一つの顔がある。東京都内の建設系の会社に勤める会社員だ。自衛官経験もある彼は、多くの人と同じように社会生活を営む若者である。当然ながら、暴言を浴びせ続けるようなコミュニケーションだけで生きているわけもない。私が彼の存在を知った、パチンコ業界の情報を取り扱うウェブメディア「PiDEA」のインタビューには、実に真面目に批判も含めた受け答えをしていた。

オンライン上の激しい暴言と、オフラインでの生真面目さ……。彼の言動には多くのギャップがある。一体、なぜ頼まれてもいない自粛警察を買って出るのか。私は彼に会おうと思った。彼にとって、決して気持ちのいい取材にはならないし、受けるメリットは少ない。返事はないだろうと思いながら、朝7時56分にインスタグラムのアカウントに取材依頼を送ると、間髪を容れずに律儀な返事が返ってきた。

「おはようございます。取材お受け致します」、と。

こちらが指定した場所、取材時間ぴったりにやってきた彼は、髪をきっちり整えた紺のスーツ姿で現れた。胸元に拉致被害者救出運動のシンボルであるブルーリボンのピンバッジが光り、「首からかけるだけでウイルスをブロックする」という触れ込みの商品をかけていた。それを指摘すると、にっこりと笑いながら「やっぱり新型コロナウイルスは不安です。気休めみたいなものかもしれませんね」と言った。

マスクもしっかり着け、「距離も取りますから、取材時には外してもらっていいですよ」とこちらが話すまで外さない。電車内で咳をしている人がいれば距離をあけ、手洗いは政府が推奨する「ハッピーバースデーを2回歌いおわる程度の時間」しっかりやり、家に帰ったら服は殺菌スプレーをかける。この間、政府の要請に従い、外食も自粛し、多くの時間は家にいた。

勤務先にはユーチューバー活動はすでに把握されているというが、むしろ会社ではかわいがられるタイプなのだろうと思った。物腰は柔らかく、人当たりも悪くない。

取材の条件は本名と詳細な現住所を明かさないこと。彼も撮影用のカメラは持ってきていたが、こちらの取材なので撮影はやめてほしいと告げると、あっさりと了承して、カメラを持ち出すことはなかった。

素顔は礼儀正しい好青年

「令和タケちゃん」は北海道に生まれた。父は大分県出身の自衛官、母はタイ出身である。小学生時代に大分に転校した。母は彼が中学時代、病気の悪化を理由に帰国したままになり、父は彼が高校2年の時に脳幹梗塞で亡くなった。

親族付き合いもなかったが、近所のおばさんが若くして独り身になってしまった彼を心配し、格安でアパートを手配してくれた。このとき、困った時に手を差し伸べてくれる人のありがたさを知ったという。

「ここで誰も助けてくれなかったら、自分は生きていけなかったと思います。困っている時に、人を踏みにじったり、自分だけが良い思いをしようとしたり、助け合ったりしないのは違うだろうと思うのです」

3年次は奨学金で学費をまかない、生活費も切り詰めて卒業までこぎつけた。父の本棚にあった、田母神俊雄ら元自衛官が書いた本を読み漁っていたことも大きかったのだろう。時期を同じくして、大分県で拉致問題の運動に関わりを深めていくことになる。家族の喪失を埋めるために、家族と離れ離れになった人々への共感が強まったからだという。活動に「居場所」を見つける。

自衛官を志したのは、父の影響、そして「国防の最前線で働いてみたい」という思いからだった。亡くなった父と同じ駐屯地で、自衛官としてのキャリアを歩みだした。3年間の自衛官生活を経て、「いろいろなことを経験したい」と民間会社に転職し、2018年7月に大分でユーチューバーデビューを飾る。同年8月に会社の人事で東京に越してからも、活動を継続してきた。

転職もデビューの理由も、すべて若者らしいノリと勢いに任せた結果と見るのが適切である。ユーチューバーを始めたのは、たまたまサイト内で見つけた、警察官から職務質問を受ける姿をすべて映すラッパーの活動に感化されたからであり、それ以上に深い理由はない。件のラッパーのように自分も面白い動画を撮影し、面白い人生を送りたい、と思ったことがすべてだ。

もう肉親は日本におらず、誰に迷惑をかけるということもない。実際に当初の動画は、本人の言葉を借りれば「おふざけ系」の企画がかなりの割合を占めている。例えばハロウィンの夜、同世代の女性に次々と声をかけるという動画が残っている。そこではしゃぐ彼は、刹那的であり、どこかで特別な瞬間を得たいと思っている若者そのものだった。

「N国党」立花孝志からの影響

特筆すべき点があるとするならば、現在の「撃退・報道系」スタイル確立にあたって、彼が最も強い影響を受けたのは「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志であることだ。転機は、2019年の参議院議員選挙だった。

彼は日本共産党の参院議員の選挙活動にカメラを持って突撃し、「違反行為」と彼が認定したものを私的に「取り締まる」動画をアップし、立花がそれを激賞したのだ。元々、インターネット上で話題にはなっていたが、立花のお墨付きを得たことでさらに数字は伸びた。

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NHKに関連する過激な動画を大量にアップすることで知名度をあげ、結果的にこの参院選で議席も獲得した立花は、彼からすれば「大物ユーチューバー」でもある。国政上の影響力と、ユーチューブ上の影響力は大きな違いがある。彼にとって、立花からの評価は尊敬している先達からの評価に他ならない。

立花は、彼から受けたインタビューの中で、上機嫌でユーチューブ論を語っている。

「1つのことにこだわりを持って、続けることだ。自分の好きなことをとにかく極めていくほうがいい。月に100万、1000万稼ごうではなく、好きなことをやってもある程度の収入になる。そっちのほうが成功だと思う」

この一言は、「令和タケちゃん」の方針に大きな影響を与えた。彼は元々、政治問題を語ることは好きだった。だが、真面目に語っても、多くの人は振り向いてくれない。影響を受けたラッパーのように、あるいは立花のように物議をかもすスタイルを極めれば、関心を集めることができるだろうと彼は思った。実際に、共産党議員の動画は「当たった」。一つにこだわれば、成功への道が開ける。こうして、彼は問題が起きているところに突撃し、「取り締まり」、問題提起をするというポジションを確立した。

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