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有事の際の「支持ボーナス」が日本で生じない理由|三浦瑠麗

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※本連載は第29回です。最初から読む方はこちら。 

 前回は、日本で新型コロナウイルスの死者数が各国に比べて極めて低く抑えられているにもかかわらず、安倍政権の支持率が低下している現象について、理由とされているさまざまな要素を検討してみました。指導者の支持率低下を説明するのにリーダーシップの低下を持ち出すのは、いささか同語反復的であること。多くの国の指導者は新型コロナウイルス対策に成功しても失敗しても支持率急上昇が起きているが、日本では起きていないこと。そして、検察庁法改正案や政治資金問題といったスキャンダルだけでは、スキャンダルまみれのトランプ政権との違いが説明できないし、以前の安倍政権との違いも説明できないこと。さらに、雇用調整助成金などの経済支援がなかなか受け取れないといった対応の遅さは、人びとが不満を抱く理由にはなっても、各国と比べて支持率が急上昇しない十分な理由にはならないことなどです。

 誤解されがちですが、そもそも支持率が上昇していることと政策の正しさには必ずしも連関がありません。人びとは何らかの凝集力が働いたときには政権を支持する傾向にあるからです。たとえば、9・11同時多発テロがニューヨークの世界貿易センタービルを直撃した時、ブッシュ大統領の支持率は飛躍的に高まりました。戦時の大統領の支持率は高いのです。フォークランド諸島の防衛を手薄にした責任を負っているはずのサッチャー英首相は、アルゼンチンの侵攻に対して開戦に踏み切り支持率を急上昇させました。これらの政治家は危機を利用してポピュリズムの方向に振ったのであり、それが正しかったかと言えば必ずしもそうとは限らない。世論は強いリーダーと果断な決断を求めますが、それに従うことが善いとは必ずしもいえないのです。

 今回、多くの新型コロナウイルス被害に遭った国で支持率は上昇していますが、日本社会では新型コロナウイルスの健康被害が限定されている結果としてヒロイックな悲劇的要素は不足しています。ロックダウンもなく、社会の雰囲気に頼って自粛圧力をかけたにすぎません。逆説的ですが、日本の犠牲者が抑えられ、危機度がイタリアやニューヨークのようになっていない結果として、人びとを凝集させるようなナショナリズムの力が働きにくいのです。

 同じ日本における、非常事態と支持率の関係を見てみましょう。東日本大震災が起こる直前の2011年2月、菅直人政権(当時)の支持率は共同通信の世論調査で20%を割り込み、政権が始まって以来最低を記録していました。しかし、3月に東日本大震災が起こると支持率はしばらく持ち直します。その後、7月にはまた最低の支持率を更新してしまうのですが。菅直人首相は3.11対応のリーダーシップに十分な手腕を発揮できず、大連立構想をめぐって党内調整能力のなさと政権としての弱さを露呈します。大震災がなければ菅内閣の支持率は回復せず、もっと下がっていったであろうと考えられます。もちろん、阪神・淡路大震災の初動対応がひどかった村山富市内閣の支持率が低下した事例もありますが、彼のようによほどの失態を演じない限り、非常事態には凝集力が支持率を押し上げるのです。

 今回の新型コロナウイルス危機は、国民が在宅を強いられる一方で、東日本大震災のような衝撃的なニュース映像もなく、戦時体制にはなっていません。自粛を強いられる国民の不満とストレスばかりがたまる中で、各国のような強制措置は取られず、有事の際の支持ボーナスが生じていないというのが本当のところなのです。

 そして、もうひとつ根本的な違いが日本と各国には存在します。それは政党所属意識を持つ人々の層の薄さゆえに、安倍政権がふんわりとした支持しか集められないということです。

 日本人は特定の政党を応援する人の割合が非常に少なく、「最大の支持政党は無党派」と言われてきました。米国の例を見ると、Gallup社が2020年5月1~13日に行った世論調査によれば、政党所属意識は共和党が28%、民主党が31%、独立系(無党派ないしそれ以外)が37%でした。これらの数字は比較的安定しており、長期でしか変化しません。そして、独立系と答えた人に、あえていえばどちらの政党寄りかを聞いたところ、共和党が44%、民主党が47%、どちらでもないが9%でした。大統領選も中間選挙も事実上二大政党の候補の戦いですから、選挙に意味を持つ数字はこちらです。そして、共和党寄りと答えた44%の人びとの6割以上がはじめから共和党に忠誠心があります。トランプ大統領にどんなスキャンダルがあっても支持率が底堅い理由は、いわゆる岩盤支持層の白人労働者に加えて、共和党のコアファンが支持しているからです。危機の時には支持政党のリーダーに人びとが結集する傾向にありますから、支持率があがる部分も大きいのです。

 翻って、日本人は支持政党をあまり日ごろから意識しません。立憲民主党や国民民主党をはじめ、新しい政党の政党所属意識はとりわけ安定しません。むしろ、単にその時の政権や野党党首などの人気を反映してしまう可能性が高い。

 実際の数字を見てみると、NHKが5月に行った世論調査によれば、自民党が 31.7%、立憲民主党が 4.7%、支持政党なしが43.8%で、無党派層の多さ、与野党の支持率の不均衡が目立ちます。ではこの3割強の人びとは自民党をどれほど強く支持しているのでしょうか。

 NHKが行ったランダム抽出の電話調査とは異なりますが、山猫総研がインターネットを利用した日本人価値観調査2019(2019年8月、全国の18歳以上の男女2060人を対象に、株式会社マクロミルに実施を委託、年代割付後に補正済み)において聞いてみたところ、自民党を高く評価する人の割合はわずかに8%でした。多少評価すると答えた人は38%。支持政党を聞くのではなく、政党別にそれぞれ評価を聞いたものですが、その方が支持政党を持ちにくい日本人の感覚には合うでしょう。

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 自民党に対する評価の濃淡は重要です。上の図の右側の棒グラフをご覧になればお分かりの通り、実は自民党が若年層に強いというのも過大評価であるかもしれないのです。出口調査では、熱心に選挙に行く若者しか捕捉できません。郵送調査はもちろんのこと、電話世論調査でも若年層へのアクセスの難しさが指摘されていますが、捕捉できたとしても困難が残ります。支持政党があるわけではないのに、あえてどれかを選べと聞かれる設問は、日本人の感覚にはフィットしづらいのではないかと思うのです。これを見れば、近年一般に言われてきた多くの若者が自民党支持である、というのも、ごくふんわりした消去法的な意味でしかないということがよくわかります。

 次回は、強固な支持がどのように政策評価を左右するかについて見て行きたいと思います。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。
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