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“俳句脳”の鍛え方 夢枕獏×夏井いつき

文藝春秋digital
がんでの入院中、心の支えは俳句でした。/夢枕獏(作家)×夏井いつき(俳人)

俳句対談③

夢枕さん(右)と夏井さん(左)

「俳句が心の支え」

夢枕 ご無沙汰しています。少し前までまた入院していて……。直接お会いするのは2年ぶりくらいかな。

夏井 メールをいただいたときには本当に驚きましたよ。「がんになってしまった」と。

夢枕 昨年3月に悪性リンパ腫のステージⅢと診断されまして。抗がん剤の副作用もなかなか辛くて、それからはもう、釣りも遊びも原稿も、すべてキャンセルしなければいけなくなったんです。いくつかあった連載もお休みさせていただきました。

夏井 大変でしたね。寛解したと伺って本当にほっとしました。

夢枕 ありがとうございます。僕、入院中にベッドで俳句を作ってたんですよね。髪が抜けて、足腰も弱るし吐き気もひどくて長いものは書けなかったけど、俳句は作れた。それが心の支えになっていました。

夏井 獏さん、昔から俳句はちょこちょこ詠んでらっしゃいましたよね?

夢枕 そうですね。15年ほど前だったか、仲のいい俳句好きの編集者に金子兜太さんの句を教えてもらったんです。〈おおかみに螢が一つ付いていた〉これにすっかり脳天をぶん殴られたような気持ちになって、作ってみたい、と激しく思いました。とはいえ、いざ始めても本業の小説もあるからうまく時間が作れない。で考えたのが、夏井さん憶えてるかな、実は3年くらい前にある雑誌に投句をしていたんです。ここで選んでもらえるまで毎月、俳句を作って投句しよう、と。結果的に1年かかってしまったけれど。

夏井 ああ、「忘竿翁」!

夢枕 そうです、その俳号が僕(笑)。夏井さんが選者でしたよね。本来なら、応募するには俳号のほかに本名や住所が必須なのだけど、小説家という肩書も何もかも取っ払って選んでほしくて、編集者に頼んで匿名で応募させてもらっていました。

夏井 そうそう、釣り好きのじいさんかと思った記憶が……(笑)。〈湯豆腐を虚数のような顔で喰う〉でしたね。憶えています。遡れば、そもそも初めてお会いしたのが俳句番組でしたよね。

夢枕 5年半くらい前かな、夏井さんが選者を務める『NHK俳句』にゲストで呼んでいただきました。『プレバト!!』(MBS)で辛口採点する夏井さんを観ていましたから、「おっかねえなぁ」と。いっぱい怒られたらどうしよう、なんて思いながら俳句を作りました。そしたら、ないんですよ、直しが。1個も!

夏井 そうだった、そうだった。修正なしは番組初でしたよ。

夢枕 ふふ。

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「祈り出したらやだな」

夏井 もともと息子が獏さんの大ファンだったみたいで。

夢枕 俳人の家藤正人さんですね。

夏井 そうです。獏さんがゲストと知った正人がすごい勢いでやってきて、「僕がファンだってこと、知ってるよね!? 一生言うこと聞くからサインをもらってきて」と言うんですよ。私は『陰陽師』のイメージが強いから、それよりも「収録中に急に祈り出したらやだな」と思ったりして(笑)。

夢枕 ハハハ。

夏井 でも会ってみたら、控え室でもうすでにめちゃくちゃ愉快なおじさんだった。その日は帰るまでずっと楽しかったな。収録後、「これから釣りに行く」っておっしゃっていましたね。

夢枕 そうそう。それで、毎年冬に網走でワカサギを釣るって話したら、「行きたいっ!」って。

夏井 俳人からしたら、ワカサギなんてネタの宝庫だから……。春の季語ですけど、直に接してみたいと思って。分厚い氷の張ったところに行って穴を開けて釣り糸を垂らすなんて、なかなか自分たちだけではできないじゃないですか。そうしたら目の前の気のいいおじさんが「今度行く」と言うから、これはもう、食らいつくぞと「連れてってください!」とお願いしました。

夢枕 そのときから夏井さん、「いつにしましょう?」って(笑)。

夏井 そうだったかも。で、俳人の夫と息子も一緒に行くことになったんですけど、そんな寒いところへ行ったことないから着る服もなくて、獏さんにモンベルに連れて行ってもらったんですよね。

夢枕 下着から靴から、一式揃えましたよね。

俳句対談①

人生初のワカサギ釣り

買い出しから俳句は始まる

夏井 大枚はたきましたよ! その1度の買い物でプラチナ会員みたいなのになっちゃって……(笑)。でもね、装備の買い出しに行くところから「吟行」だから。

夢枕 そうか。俳句を作る旅は始まっているんですね。

夏井 「靴下の厚みが全然ちがう」、「靴はこんなふうになっているのか」とか、買い物するのも俳句の材料を仕入れているようなものなんです。だから楽しくて楽しくて。

夢枕 はじめてのワカサギ釣りはどうでした?

夏井 本当に感動しました。1日目は真剣に釣って、疲れたらテントに用意してもらった鹿肉のシチューやホットワインなんかも楽しんで。

夢枕 “贅沢な大人の遊び”という感じですよね。でも夏井さんはやっぱり、ひとたび俳句の“ゾーン”に入ったら集中力がすごかった。それまで楽しそうに釣りしてたのに、句帳を片手に背を向けて、じーっと動かない。雪がどんどん降ってきてもおかまいなしでしたよね。

夏井 2日目は、獏さんたち釣り人の周りをぐるぐる歩きながら、ひたすら俳句を作っていましたね。一面氷の張った湖の向こうには林があって、その上空をオジロワシが飛んでいた。行った場所で直接季語に触れて、何かを仕入れて帰ってくるというのが俳句の愉しみなんですよ。

夢枕 僕は3日間、朝から晩まで釣り三昧だったなあ(笑)。

夏井 でも、入院中は集中的に俳句を作ってたんですよね?

夢枕 そうそう俳句の話でした(笑)。今回、病気になったタイミングで、これまで細々と続けていた俳句をきちんとやろうと思って。病気のことも書き残しておきたかったですし。俳句を詠むこと、それから俳句についてのエッセイを連載することの2つで、なんとか生きている時間を実感していました。その連載が、『仰天・俳句噺』(小社刊)という本にまとまりました。

夏井 そうだったのですね。病気のこと、小説で書き残そうとは思わなかったんですか?

夢枕 そうですねぇ……。小説はもう40年以上書いていますが、そこにうまく放り込めなかったというか、技術がまだなかった。俳句のほうが早いかな、とも思ったんです。でも実際は、全然そんなことなかった。俳句という山にどこから登っていいか見当もつかないし、恐ろしい道に迷い込んでしまったなと思いましたよ。

夏井 何が一番難しかったですか?

夢枕 何を書けばいいんだろうということ。投句や句会でもない限り、誰かがお題をくれるわけじゃないんですよね。僕は普段、小説のことばかり考えているから、脳が小説の言葉で埋まってる。

夏井 そうそう。初めて会ったときに聞いて驚いたのが、獏さんの中には小説のアイディアがたくさんあって、何か書いてくれと依頼があったら、「どれにする?」とメニューみたいに見せてやるんだ、という話。

夢枕 「これなら取材に何年かかる」「これなら今すぐ書き始められるかな」ってネタが無数にあるんです。だからこそ逆に、“物語作家脳”から“俳句脳”への切り替えが難しかった。

俳句対談②

俳句への想いが綴られた1冊

蝶々がしゃべった

夏井 詩人もそうですけど、長い文章を書く人たちは、「自分の内側から何かを生み出さなくては」と考える人が多いみたいですね。でも、俳句のベクトルは外に向いていて、「自分の周りに何があるか」と外部を見る作業なんですよ。

夢枕 なるほど……!

夏井 「あの枝がくねくねしているな」とか「日が照っているのに雨が降ってる」とか、どうでもいいことを「俳句のタネ」としていっぱい貯めていく。自分の外側にある面白いものを見つける遊びなんです。

夢枕 その言葉、いただきました! 本当にその通りだなぁ。

夏井 たとえば、「蝶々」。春の季語ですが、俳句を詠む人は蝶と遭遇したら、「面白いものが出現した!」と面白がれるわけです。それだけで何か素晴らしいものを見ている気持ちになる。詠まない人にとってはただの蝶でもね。で、私は蝶を見ていて何をしゃべっているかわかったことがあったの。

夢枕 え! 本当ですか?

夏井 急に自分が、目の前の蝶になってしまった。両脇には羽がついていて……。そして声が聞こえた。

〈飛ぶのは痛い飛ぶのは痛い蝶の羽〉「いまたしかにそう言ったな」と句帳に書き留めるわけです。これで一句できあがり。

夢枕 ほぉ。聞こえるんですね。

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胸の前に俳句を映す鏡が

夢枕 夏井さんには一昨年、句会の指導をしていただきましたね。

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