見出し画像

なぜ「ブルーインパルス」は称賛され、「コロナファイター」は批判されたか。その背景にある「SNS社会=超空気支配社会」|辻田真佐憲

★前回の記事はこちら。
※本連載は第16回です。最初から読む方はこちら。

 微妙な空気の変化を読みながら、いかにキャッチーな言動を発信して衆目を集め、動員や利益につなげていくか。われわれのSNS社会では、そんな能力がますます重要になってきている。

 小池都知事は、このコロナ非常時に、巧みなフレーズ攻勢でメディアをジャックし、みごとな復活劇を演じた。「ロックダウン」「オーバーシュート」「ソーシャルディスタンス」「密です」「東京アラート」……。スーパーの入店制限や、繁華街の「見回り隊」などの検討も、格好の話題を提供した。

 東京五輪について「中止も無観客もありえない」と大見得を切って顰蹙を買い、再選すら危ぶまれていたのは、いまや完全に過去の話だ。まさにポピュリストの本領発揮というほかない。

 これと対照的だったのは、一挙手一投足が注目されたはずの安倍首相だった。相変わらずのプロンプター頼りの会見に加えて、星野源「うちで踊ろう」便乗動画やアベノマスクの配布で、「非常時に対応できる、有能で頼りがいのある政治家」というイメージを大きく損なってしまった。

 ポピュリストとして二流だというのはかならずしも悪いことではない。だが、これがさまざまな政治家をして「われこそは」とアピール合戦に走らせるにいたったことは否めない。

 先月末、ブルーインパルスが東京上空を飛行し、広く好意的に受け止められた。これも、プロパガンダ云々というより、河野防衛相によるたくみな情報発信の成果と理解したほうがよい。

 同じ医療従事者へのエールとされながら、神奈川県の黒岩知事が3月末に「コロナファイター」という名称を提案したときは、たいへんな批判を浴び、撤回に追い込まれた。両者の違いがどこにあったかといえば、曲芸飛行のコンテンツ力やタイミングの問題など、もっともらしい理由はあるにせよ、そういう複合的な要素を踏まえながら、空気を適切に読んで実施されたか否かに尽きるように思われる。もし前後で、印象的な政治的ニュースが入っていれば、また受け止め方も変わっただろう。

 当初、ブルーインパルス飛行の指示を誰が出したのか明らかにされなかったのも、情報発信に長じた防衛相が、空気を慎重に読んでいたと考えると納得も行く。好評を受けて、2回目の飛行が検討されているというのもむべなるかなだ。

 ほんの少しの差が、称賛と炎上を切り分ける。だからこそSNS社会では、どうかと思うようなインフルエンサーでも、コンサル業務などで引っ張りだこになるのである。

 とはいえ、そんなSNS社会=超空気支配社会に過剰適応するだけで本当によいのだろうか。

 山本七平は、古典的名著『「空気」の研究』で興味深い指摘をしている。一神教の世界では、絶対神がいるので、ほかのすべてのものが徹底的に相対化され、空気にも支配されない。これにたいして多神教の世界では、絶対神がいないので、逆にその時々の相対的なものが絶対的な命題(「忠君愛国」から「正直者がバカを見ない世界であれ」まで)として祭り上げられてしまい、空気の支配をもたらすのだ、と。

 このような一神教と多神教の理解は今日そのまま使えないけれども、比喩として応用してみることはできる。

「多神教」の世界は、まさにSNSの世界だ。日々、絶対的な命題が示され、大喜利が行われ、ハッシュタグが乱造され、炎上が発生する。だが、1週間ほどで別の命題に入れ替わり、ほとんど話題にならなくなってしまう。同じことを書いても、あるときは「抗空気罪」で血祭りにあげられるが、それ以外ではまったく問題にならないのはそのためだ。

 それまでおとなしかった人が、いつしかバズることが生きがいになり、日々SNSに張り付いて大見得を切り、信者を満足させ、繋ぎ止めることに汲々とするようになる姿など、「巫女の憑依」的な現象ともいえるかもしれない。

 では、「一神教」の世界はどうか。これはいわば、SNS社会の外に「超越」的な視点をもち、日々の「まつりごと」を相対的に捉えることとなろう。

 カルト化のリスクもあるけれども、筆者はこちらに可能性を感じる。というのも、今後ふたたび盛り上がるであろうコロナ非常時に、キャッチーな言動に一喜一憂しないためには、SNS社会=超空気支配社会の外部に思いを馳せることが欠かせないと考えるからだ。その境地からすると、「ブルーインパルス」も、「コロナファイター」も、なにか虚しい現象のように思われるのである。

(連載第16回)
★第17回を読む。

■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
【編集部よりお知らせ】
文藝春秋は、皆さんの投稿を募集しています。「# みんなの文藝春秋」で、文藝春秋に掲載された記事への感想・疑問・要望、または記事(に取り上げられたテーマ)を題材としたエッセイ、コラム、小説……などをぜひお書きください。投稿形式は「文章」であれば何でもOKです。編集部が「これは面白い!」と思った記事は、無料マガジン「# みんなの文藝春秋」に掲載させていただきます。皆さんの投稿、お待ちしています!

▼月額900円で『文藝春秋』最新号のコンテンツや過去記事アーカイブ、オリジナル記事が読み放題!『文藝春秋digital』の購読はこちらから!

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください