12憲法改正20170113BN00001

「憲法を改正する必要はあるか」「統帥権条項」が現代に復活する

1つのテーマで対論を読んで思考力を鍛えよう。このコラムのテーマは「憲法を改正する必要はあるか」です。
★対論を読む

文・石川健治(東京大学教授)

 憲法の条文を書き換えたら、その翌日から世の中が変わるわけではない。そこには財源が要るからだ。ただし、いわば前憲法的な、既存の制度体が存在する場合は、話が別である。憲法に書き込まれることにより、予算措置上のプライオリティが跳ね上がり、その分確実に、国の財政政策上の自由度が狭まってしまう。後から「早まった」と思っても、もう一度憲法改正手続きの高いハードルを越えない限り、変更は不可能だ。法律改正ではなく、あえて憲法改正という手段を採ることの実体的意味は、そこにある。

 つまり、憲法上のお墨付きを得た制度体は、自ずから予算措置上の既得権を得る。そして、財政決定権をもつのは国会であるにもかかわらず、実際には、既得権を得た制度体によって、国の財政が左右されることになるのである。制度体が抑制的にふるまっているうちは、事態が表面化しないが、その気になれば、補強のためには有無をいわさず予算を組ませる、原監督の読売巨人軍状態が出現するわけだ。

 すでに憲法上お墨付きを得ている既存の制度体の随一は、象徴天皇制を支える家としての皇室である(憲法第1章)。幸いにして、現実の皇室はきわめて抑制的であるが、宮内庁長官を通じて皇室経済会議に伝えられ、そこで了承された皇室の意向を、議会が減額修正することは事実上難しい。改憲論の焦点となっている9条「加憲」案は、これと同様に、前憲法的な制度体としての自衛隊にも、憲法上のお墨付きを与えようという提案である。それは、財政面での特権的地位を付与することにつながり、決して現状維持を意味し得ない。「現状維持」「現状追認」というレトリックには、くれぐれも騙されないようにしたいものである。

 殊に、本稿執筆時点で自民党から提示されている素案(たたき台)によれば、9条の2第1項が「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」とされていることには充分な注意を要する。

 この点、旧憲法における軍に関する条項は以下の4つであった。

「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」(11条)

「天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム」(12条)

「天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス」(13条)

「天皇ハ戒厳ヲ宣告ス②戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」(14条)

 これとの比較で考えた場合、旧12条を現9条2項が否定する関係にあることがわかる。「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」(現9条2項前段)にいう「戦力(war potential)」は、何よりも「常備兵額」という観点からみた財政的概念であることに注意されたい。旧12条が改正された結果、軍の存在を前提とする開戦決定・統帥(策戦用兵)・戒厳(緊急事態)が、カテゴリーごと自動的に消去されたのである。

 ところが、自民党筋の改憲素案は、第1に、自衛のための「実力組織」としての自衛隊の保持を明記して、議会の財政権(「編制及常備兵額ヲ定ム」)に対する憲法上の限界規定を正式に突破した上に、第2に「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」ことを明記し(「統帥権」の復活)、第3に緊急事態条項の新設を目論んでいる(「戒厳」の文脈)。

 とりわけ、戦前日本における立憲主義的統治システムを内側から蝕んだ、「統帥権条項」が新設されることの意義は大きい。「最高の指揮監督者」としての「内閣総理大臣」という文言は、もちろん責任の所在を明らかにして、議会による統制の手がかりにしようというのが、起草者の意図であろう。しかし、議会統制に過度の期待はできず、むしろ「統帥」事項の増殖の手がかりになる危険の方が大きい。

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