桜を見る会の_2

囁かれる「五輪イヤー解散」笑うのは誰だ? 安倍首相、それとも……

予想外に長引いた「桜を見る会」の余波。安倍官邸は国民の反感を読み違えた。この窮地を脱出するために「伝家の宝刀」を抜くのか? 政界真相レポート/文・赤坂太郎

官邸でイチローを説得した安倍

「決してたやすい道ではないが、必ずや私の手で成し遂げていきたい」

 首相の安倍晋三は昨年12月、臨時国会閉幕後の記者会見で憲法改正についてこう述べた。衆院解散・総選挙の可能性についても「国民の信を問うべき時が来たと考えれば、解散・総選挙を断行することに躊躇はない」とまで言い切った。改憲に強い決意を示し、その流れ次第では2020年の衆院解散に踏み切る考えを表明したとの受け止めが広がった。

 だが、首相周辺からは改憲の具体的な道筋や解散・総選挙の足音はまだ聞こえてこない。代わりに透けて見えるのは、野党が追及の手を強める「桜を見る会」の問題を、解散風で押さえ込もうとする狙いだ。しかし、局面打開のため、実際に解散に踏み切る余地も残している。

 第2次安倍政権の発足以降、安倍は2回、衆院解散に踏み切った。それはいずれも内閣支持率が低下傾向にあるときに断行されており、「伝家の宝刀」を使って求心力の回復に結びつけてきた。1度目は2014年。この年の4月に消費税率が8%に引き上げられ、7月に集団的自衛権の行使を一部容認した。安倍は翌2015年10月に予定されていた消費税率10%への再引き上げを1年半先送りすることの是非を問うのを理由に11月に解散し自民党が大勝した。各社の世論調査では衆院選直前の12月の内閣支持率は40%台だったが、選挙後の2015年1月には50%台にまで回復した。

 2度目の解散は2017年。国有地の払い下げをめぐる森友学園の問題や、国家戦略特区事業などの便宜が疑われた加計学園の問題が大きく取り上げられ、安倍内閣は大きく揺さぶられた。この後、東京都知事の小池百合子が結成した「希望の党」が本格的に動き始めようとしたその矢先に安倍は衆院を解散し、10月の総選挙で自民党は圧勝した。内閣支持率をみると、このときも夏頃から徐々に下がり、選挙前には40%程度にまで落ち込んだが、衆院選後の11月には50%近くまで回復した。支持率低下を衆院解散で乗り切るという戦略は奏功している。

「桜を見る会」への追及の手を緩めない野党に対し、安倍が「伝家の宝刀」を抜いて乗り切ろうとする道はある。その環境を整えるためか、安倍は世論の支持獲得に余念がない。

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イチロー氏

 昨年11月26日午後6時15分、首相公邸に背広姿の男がハイヤーから降りた。昨年3月に大リーグ・マリナーズで現役を引退したイチローだった。同席者は、かつて所属したオリックス・ブルーウェーブ(当時)の親会社オリックス社長の井上亮、三井住友フィナンシャルグループ取締役で三井住友銀行頭取の髙島誠ら。

 約2時間の会食中、安倍は「改めて国民栄誉賞を受けてもらえないか」とイチローを説得したとされる。反社会的勢力の参加やホテルニューオータニでの前夜祭の費用負担など、「桜を見る会」をめぐる疑惑が世間の怒りに火をつけ、窮地に追い込まれつつある安倍は、国民栄誉賞を授与することでイチロー人気にあやかろうとしたとの見方が囁かれている。

支持率回復に北朝鮮も利用

 だが、政治との距離を意識するイチローには「にべもなく断わられた」(自民党関係者)。イチローは小泉政権時代の2001年と2004年、そして引退後の2019年3月にも国民栄誉賞の打診を受けたが、すべて固辞している。「安倍総理が納得せず、直接本人の意向を確認したかったようだが、ダメだった」(同前)。

 各社の総理番記者にはイチローと安倍が会ったことを記事にする際、「ご本人の強い希望で表記は本名の鈴木一朗にしてほしい」との要請があった。新聞・通信各社は首相動静などに「元プロ野球選手の鈴木一朗(イチロー)氏」などと表記した。イチローがあくまで「私人として面会」という形にこだわったためとみられ、国民栄誉賞の固辞の姿勢を改めて貫いたかたちだ。

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三浦選手

 その翌27日、今度は官邸への来客が臆測を呼んだ。Jリーガーのカズこと横浜FCの三浦知良が、官房長官の菅義偉を訪ねたのだ。横浜FCの13年ぶりのJ1昇格が決まり、横浜を地盤とする菅に報告に訪れたという。横浜FCの親会社・レオック社長の小野寺裕司は、菅と昵懇である。

 党内には「イチローとカズのダブルで国民栄誉賞を打診したのでは」との憶測もあったが、カズは最年長出場記録を更新中の現役選手だけに、イチロー以上に可能性は低いとみられていた。結局、いずれも不発に終わったようだ。

 桜を見る会の火消しに躍起になる安倍は、外交課題さえ利用しようとしていた向きがある。カズが官邸を訪問した翌28日、北朝鮮が短距離ミサイルを発射。すると首相官邸で国家安全保障会議(NSC)が急きょ開催された。安倍は「国民の生命、財産を守り抜くため、全力を挙げる」と強い決意を示したものの、中長距離ミサイルはともかく、短距離ミサイルの発射でNSCを開催するケースは珍しい。「関心をそらすため、あえて北朝鮮のミサイルを活用したのではないか」(野党幹部)との指摘もある。

岸田に花を持たせたい

2月号_赤坂太郎

カット・所ゆきよし

 一方、安倍周辺では「ポスト安倍」の真意を探る動きが活発だ。安倍が4選を目指すかどうかは見方が分かれる。「総理が4選を意識している気配はない」(安倍内閣の1人)という意見もあれば、「今は沈黙しているが、長期政権のレガシー(遺産)を意識し、死んだふり解散で任期延長を目指している」(清和会幹部)との見方もある。

 仮に安倍が今年の東京五輪・パラリンピック後に退陣する道を選べば、自らの手で解散戦略を進める必要はなくなり、「ポスト安倍」の人選を重視するはずだ。「令和おじさん」として脚光を浴び、一時はポスト安倍の先頭を走っていた官房長官の菅は、経済産業相・菅原一秀と法相・河井克行という2人の側近の相次ぐ辞任で逆風に見舞われ、後継レースから遠ざかった。

 では、安倍の意中の人は誰なのか。

 昨年12月4日夜、安倍は港区・南青山の日本料理店で、1993年に初当選した自民党政調会長の岸田文雄や元総務相の野田聖子、根本匠や塩崎恭久、浜田靖一や小此木八郎ら当選同期の自民党議員と約2時間半会食した。

 昨年2月の前回の同期会では、安倍が岸田に「次の総裁候補だね」と語りかけたことが波紋を呼んだが、今回は野田が「あのときそう言っていたけど私もいるでしょ」と皮肉交じりに口火を切った。前回の発言を反省したのか、安倍は「みんなポスト安倍ですね」と持ち上げた。さらに安倍は出席者の1人に「経済対策はもうちょっと岸田さんが発表するとか、彼に花を持たせてあげられれば良かったね」とも話し、政調会長として脚光を浴びることのなかった岸田に配慮していた。依然、安倍が岸田を有力な後継候補としているとの見方は今もくすぶる。

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岸田議員

「品定め」に乗り出した二階

 一方、この同期会に先立ち、幹事長の二階俊博は各派閥の領袖らとの会食を重ね、自ら「ポスト安倍」の品定めに乗り出している。岸田(岸田派)を振り出しに、副総理兼財務相の麻生太郎(麻生派)、元官房長官の細田博之(細田派)、外相の茂木敏充(竹下派)らと矢継ぎ早に会談。11月末に元経済再生相の石原伸晃(石原派)と赤坂の日本料理店で会食し、各派との会合を一巡させた。

 二階は「各派の意見を伺うことが大事だ」とし、会食の意図は党内融和を図るためだと説明するが、額面通りに受け取る向きは少ない。「ポスト安倍は安倍」と4選論を主導する二階だが、二階派にポスト安倍をうかがう有力候補が不在との事情もあり、求心力維持に必死だ。岸田との会合で、二階は「(総理の座に)駆け上がってほしい」と持ち上げてみせたが、その一方で世論の支持が高い元幹事長の石破茂や無派閥の野田聖子とも会うなど、党内非主流への目配りを欠かさない。

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