見出し画像

経費削減は電気を消すことと“残食”減らし|女将たちの温泉旅館「経営術」

温泉旅館に行くと笑顔で出迎えてくれる女将たち。客とのトラブルや自然災害、コロナ騒動など苦労も多い中、接客のプロは日々、何を見ているのか――。女将の一日密着取材、本音炸裂の匿名座談会、女将に学ぶ経費削減や好感度アップの所作の教えをはじめ、湯治場の恋、混浴の掟……数々のとっておき蔵出しエピソードが満載の一冊『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(山崎まゆみ著)より、特別に1話を無料で公開します。

多くの女将に、旅館経営における経費削減の策を聞くと、真っ先に電気料金のことが挙がる。

「お客様がチェックアウトしたら、電気を消しにいきます。作業中のお掃除さんたちに、『終わったら消してね』と言い残すこともありますが」

とは、ベテラン女将。

さらに徹底した経費削減の秘策を語ってくれたのは、新潟駅から最も近い温泉旅館として知られる「ホテル小柳」の女将・野澤奈央さんだ。

お客の多くは地元客。全国的にはさほど知られた宿ではないが、新潟県内では有名で、年間稼働率8割を超えるのは、地元に愛され、支えられているから。月に3~4回来るお客もいるほどで、顧客を大事にするファンビジネスがうまくいっている旅館の好事例である。

ちなみにホテル小柳は新潟県でローカルCMを出している。そのCMでスタッフと共に踊っている名物女将が野澤さんだ。新潟で暮らす私の父は野澤さんの大ファンである。

ホテル小柳の秘策その(1)は、高額をかけて電気の消費量が見える管理システムを導入したことだ。一時でも消費量が上がると料金が高くなる。その状況を防ぐように、

「設定した消費量を越えると赤いランプが点灯するんです。でも忙しいから、気にもしていられなくなって。赤いランプの点灯も慣れてきちゃうんですね」

と野澤さんは苦笑する。

ただ、どの時間帯に消費量が上がるかは把握できたという。もっとも消費する時間帯は早めにチェックインしたお客が集中する午後2時半くらいだった。

「うちは全60室あります。チェックインしたお客様がお部屋に入られて、一斉にポットのお湯を沸かします。そのタイミングで消費量が上がることに気づきましたので、ポットの中にお水でなく、こちらで沸かしたお湯を入れておくようにしました」

午後4時半も消費量が上がるタイミングだった。

「ここは、速やかにお客様の料理を出しやすいようにと、仲居が冷蔵庫に入れてある料理を並べ替えている時間帯だと気づきました。ですから料理人に、あらかじめ仲居が出しやすくなるよう、気をつけて入れてもらうようにしました。1週間ほど経ったら、電気消費量が減りましたね。こうしてひとつひとつ、スタッフと共に検証しながら、宿の経費削減をしています」

経費削減に成功した例はまだある。館内で働くスタッフ全員が聞くことができるインカムの導入だ。インカムも設備投資には1000万円かかったというが、結果、良かったと野澤さんは言う。

全60室あるホテル小柳は敷地面積9000平方メートル。歩いて1周すれば15分かかる。こうした客室数の多い旅館は、そこで働くスタッフの旅館内移動も一苦労である。

「以前は、お客様がチェックインの時に、館内の灯りを全て点けてお迎えしていたんです。いちいち電気を点けに行く手間を省くためでしたが、いまは宴会場などの灯りは、お客様が宴会場を使われる直前に、宴会場近くにいるスタッフがスイッチを入れるようにしています。これもインカムで指示を出せるからできることです。それにお客様の情報は、その日働くスタッフ全員と共有できていますので、館内で連絡用に使っていた携帯電話がいらなくなりました」

インカムでの社員同士のやり取りは、女将である野澤さんもフロントにいながら無線で全て聞くことができるのだという。

こうした館内の管理や情報共有は、ホテル小柳だけでなく、各地の旅館でも試みられている。

福島にある重要文化財の名旅館のご主人は以前、「スタッフ全員がグループラインで情報共有しています」と語っていた。「人の手が最も必要な旅館業ほど、便利なITを使いこなし、人の手間をかけずに済むことを増やしていきたい。その分、大切なお客様への時間を確保できますからね。便利なITは全て使うようにしています」という言葉にはうなずくしかない。

経費削減の対象と言えば、次に食材が思い浮かぶ。以前に「旅館を経営再建する時には、朝食で出す納豆を80gから50gに減量し、コストカットしました」という話を聞いたことがあるからだ。

その話を野澤さんに切り出すと、仕入れで最も経費を使う食材においても削減の策があった。

それは決して食材を安価なものに変えたということではない。秘策その(2)は、捨てる食材「残食」を減らすことが重要なポイントなのだという。

「かつてうちの朝食のビュッフェは、大皿に盛りつけて、お客様に箸で取り分けてもらうシステムでした。うちは一度お客様が箸をつけた食事は、全て捨てるんです」

野澤さんが子供だった頃は、ビュッフェや夕食の残りを仲居さんたちが「これ、いい天ぷらじゃない」と言いながら家に持ち帰る場面もあったというが、それはもう昔の話。

「いまはノロウイルスや食中毒も怖いですからね。そうした危険を防ぐためにも、皿に残ってしまったお料理は全て捨てています。この捨てなければいけない『残食』がとても多かったんです」

そこでホテル小柳は5年前から、同じビュッフェスタイルでありながらも、大皿で出すことをやめた。料理を一品一品、小鉢に盛り付けて出し、お客にはその小鉢を持って行ってもらうようにしたのだ。

いまでは20~25種類の小鉢が朝食会場に並ぶ。

「お泊まりの人数に見合う数の小鉢を出しますので、食材を無駄にすることがなくなり、残食が減りました。何より、お客様にとっても取り分ける手間がなくなったので、とても喜んでいただけました」

何という名案だろう。

この他にも色々な女将から経費の削減方法を聞いた。

「これまで障子張りは専門業者に依頼していましたが、いまは自分たちでやっています。 灯籠や屏風の修繕も専門業者に頼むととても高いので、大工さんにやってもらいます。窓拭きは社員にお願いします」

細かいが、なるほどと思う経費削減策として、

「振込手数料だって、ちりも積もれば、ですからね。100万、200万なら振込手数料を取られても仕方ないんですが、1万円に満たない額でも手数料がかかるのは馬鹿らしい。10件あれば81000円になりますからね。そこで納品する時に現金で渡すことにしました」

このような経費削減は、お客へのもてなしに影響がないように、女将や旅館経営者が知恵をフル稼働させて編み出されたものだ。

※その他のエピソードは『女将は見た 温泉旅館の表と裏』でお楽しみください。
■山崎まゆみ
新潟県長岡市出身。世界32ヶ国の温泉を巡り「温泉での幸せな一期一会」をテーマに、雑誌や新聞、テレビ、ラジオなどで長くレポートを続ける。近年はバリアフリー温泉について積極的に取材・紹介をしている。著書に『ラバウル温泉遊撃隊』『恋に効くパワースポット温泉』『おひとり温泉の愉しみ』『行ってみようよ! 親孝行温泉』『白菊-shiragiku-伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』など。現在は跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)、VISIT JAPAN大使などを務める。
山崎まゆみ公式サイトはこちら

ここから先は

0字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください