見出し画像

【立花隆「知の巨人」の素顔】「猫ビル」に黒猫を描いた日「これは名所になるね」|島倉二千六

文・島倉二千六(画家)

”猫ビル”の画家

立花隆氏の事務所は壁面に黒猫の顔が大きく描かれ、“猫ビル”と呼ばれている。描いたのは画家・島倉二千六(80)だ。色彩の絶妙な筆遣いから黒澤明や山田洋次など巨匠たちに請われ、映画の背景画を担当してきた。最近は庵野秀明の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でも活躍、製作の舞台裏を支え続ける。

猫ビル全景

完成した猫ビル

具合が悪そうと、なんとなくうかがっていたけれど、ご本人はあまりお話しされなかったのでしょうね。無駄なことをおっしゃらないのは立花さんらしいです。あれほどのかたが亡くなられて残念でなりません。

立花さんとは“猫ビル”でご一緒させていただきました。1992年の冬、朝の7時ごろかな。妹尾河童さんから電話がありましてね。眠い目をこすりながら受話器を取って「こんな朝早くにどうしたの?」とたずねると、「立花隆さんの事務所の外観に黒猫を描いてほしい」とおっしゃったんです。夜型の河童さんが早朝に電話してくるのは珍しいことでした。同じく夜型の立花さんと、おふたりで事務所の外観について夜通し話し合われていたそうなんです。そこで「立花さんの好きな猫を描いたら面白いんじゃない?」「それはいいね」と朝方に決まった。そのまま私へ電話してきたのでした。ビルの工事でちょうど足場が組んであるからすぐ取り掛かってもらえないか、と突然の依頼でした。

そのころ、私は映画など仕事をいくつも抱えていました。しかし舞台を通して何度もご一緒した河童さんたってのお願いとあって、他の仕事の締め切りをすべて延ばしていただき、猫を描くことに決めたんです。

事務所は、東京・小石川に建築中でした。六角坂の角地に建坪27平米ほどで、まるでショートケーキのような細長い三角形の建物です。坂の下から建物を見上げるとカーブした壁面がよく見えて、中心に猫の顔を描くことになりました。

ビルは黒色に塗装する、と最初から決められていたそうです。猫は外壁になじむ黒猫を河童さんが発案され、下絵も描かれました。それを3階建てのビルの真ん中に私が描いていったんです。苦労したのは目の形です。河童さんは下から見ても目が丸くなるようにやや縦長に、と細かく指示されました。「目力も強くしたい」というご希望もあったので、眼球の黄色にグリーンを加えて立体感を出し、リアルな感じにしました。また夜でもしっかり見えるように、毛は一本一本、クリアな白い線でていねいに加えていきました。

猫ビル

作業途中

別格のオーラの持ち主

その様子をご覧になった立花さんは「これはいい」と笑っていらっしゃいましたよ。「島倉さんとは同じ歳だね」と気さくに声もかけてくださいましたが、彼は一般人とは異なるオーラがありました。私は巨匠と呼ばれる監督とたびたびご一緒しましたが、また別格の印象でした。

ここから先は

671字 / 1画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください