【連載】EXILEになれなくて #22|小林直己
見出し画像

【連載】EXILEになれなくて #22|小林直己

第四幕 小林直己

★前回はこちら
★最初から読む

三場 人生をエンタテインメントに融合する~「HiGH&LOW」・和・海外

 自分の人生を、エンタテインメントに溶け込ませていくこと。それは、LDHの活動を通じて学んだことの一つである。人生の中で気づいた大切にしたいことや、世の中に叫びたいことを、ストーリーに落とし込む。それを軸にライブを作ったり、スローガンとして掲げ、活動していく。ステートメントを直接的に伝えるよりも、そちらの方が、より拡散する可能性が高いと感じたし、様々な境界線を越えていきやすい。それこそがエンタテインメントの力であり、文化だと実感している。

 僕がそのように感じることになった活動の中で特に印象的な一例が「HiGH&LOW」というメディアミックス・プロジェクトである。

 2015年にはじまったこのプロジェクトは、EXILE TRIBEの総合エンタテインメント・プロジェクトとして企画・制作された。テレビドラマ・映画・漫画・ネット配信・音楽・ライブツアー・SNS・イベント・フラッシュアニメ・ソーシャルゲーム……様々なメディアで展開するLDHの完全オリジナル作品である。繰り広げられる不良たちの抗争や仲間同士の絆を描き、社会問題の構図を取り入れたこの作品は、物語の展開のユニークさや、撮影規模の大きさも相まって、これまでに無い盛り上がりを見せた。特に、世界観とキャラクターのバックストーリーの作り込みの深さは視聴者のオタク心を刺激し、これまでのLDHファンとは異なる、いわゆる「二次元ファン」にもEXILE TRIBEの認知を広げることとなった。同じ世界観のもと、現在も断続的に作品が展開され続けている。

「HiGH&LOW」は、制作スタイルがなんとも面白い形だった。

 僕にこの作品のオファーの声がかかったのは、すでにLDHに所属するメンバーが出演し、テレビドラマや映画1作目の公開を終えた後だった。出演することになった映画は3作目の「HiGH&LOW THE MOVIE2 END OF SKY」。同作が準備段階に入った2016年、脚本を担当する平沼紀久さんから打ち合わせの依頼があった。

 会議室に入ると、平沼さんがにこやかな笑顔で待っていた。「話に聞いていると思うけど、直己が演じる役をこれから一緒に作っていこうと思うから、アイデアを聞かせてほしい」。演じる役柄のキャラクターを一から一緒に作っていこうというのだ。なんとも刺激的な体験だと感じたことを強く覚えている。

「全員主役」をテーマに掲げる「HiGH&LOW」は、それぞれのキャラクターが持つバックストーリーを元に話が組み上げられていった。キャラクター1人1人が動き出し、物語が展開していく。まさにLDHがエンタテインメントやプロジェクトを作り上げるときに大切にする「人との出会いありきで、ストーリーを生み出していく」というコンセプトとリンクしていた。それぞれのキャラクターを演じる本人とともに作り出すことにより、本人にしか演じることのできない役が生まれる。それが、画面上においても存在感を生み出していく。こうして「全員主役」が実現していくのだ。

 僕が演じた九鬼源治(くき・げんじ)は、「HiGH&LOW」の裏社会を牛耳る「九龍(くりゅう)グループ」の直参組織である「黒崎会」の若頭である。抗争を続ける不良たちがいる地域を取り仕切っているやくざであり、その中でも本家に忠誠を尽くす一派の筆頭若頭である。——と、そこまでが制作チームが生み出した設定であった。そこから先は、この会議室で平沼さんとともに肉付けをしていく。

 僕が注目したのは「忠誠心」というキーワードだ。岩城滉一さん演じる黒崎会の会長・黒崎は、本家会長である津川雅彦さん演じる九世龍心会長を慕い、自らの役目を果たしていた。その黒崎に忠誠を誓う源治を、僕は可愛らしいと思った。そこで、「源治の忠誠心」を誇大化し、キャラクターを味つけていくことにした。黒崎に指示されたことは何が起きようが完遂した。逆に、忠誠心があるが故に黒崎以外には盲目的である。例えるならば、映画「ターミネーター」のT-1000のような不気味さと、粘着質な雰囲気を纏わせたかった。さらに、作品の世界観に合わせ和風に落とし込むことはもちろんのこと、世俗に染まらず人との関わりを絶ったような存在にしたかった。

 ある意味では、そうした源治の姿は、周りを見ずに信じるものに突っ走っていたあの頃の自分自身の写し鏡のようなものだった。自分が信じるものに突き進むあまりに、周りに随分と迷惑をかけてしまったこともあっただろう。今こうして振り返ると、僕は無意識のうちに当時の思いを役柄に投影していたのかもしれない。なんて可愛らしいことだろうか。

 名前や特徴ある行動など、細部に渡るまで念入りに打ち合わせをして、平沼さんとキャラクターを立体化していった。「うん。特徴は見えてきたね。これで形にできると思う」「よろしくお願いします」「それで、服装はどうしようか?」。

 平沼さんからのその質問は、またも僕のクリエイティビティを刺激するものだった。「そうですね……、少し考える時間をください」「わかったよ」。「HiGH&LOW」は、ファッション性も重視していた。これまでに作られたシリーズでも、映画衣装の枠を超え、ハイブランドからストリートブランドまで、さまざまなトップ・ファッションスタイリストと連携し、今までにないような豪華なルックを作り上げていた。もちろん、源治の衣装も遜色のないものにしたい。時間の猶予をもらった僕は、衣装を担当していたスタイリストの一人、渡辺康裕さんと連絡を取り、衣装打ち合わせを行うことにした。

 2017年1月。衣装打ち合わせをしたのは、フランス・パリのホテルだった。Yohji Yamamotoのコレクションで、ランウェイモデルとしてパリ・コレクションに参加するために渡仏していた僕は、同じくコレクションの視察のため渡仏していた渡辺さんとホテルのロビーで落ち合った。

「衣装、どうしようか?」と話す渡辺さんに対し、僕は温めていた一つのアイデアを打ち明けた。「Yohji Yamamotoのコートは使えないでしょうか?」。九鬼源治というキャラクターは、「HiGH&LOW」のメインキャラクターの1人であるEXILE AKIRA演じる琥珀(こはく)らを追い続けるこの映画2作目からのヴィラン(悪役)である。日本刀を用い、大立ち回りを繰り広げる源治は「美しく」なければならない。——というのが僕のイメージだった。屈強で無骨なキャラクターであるからこその「可憐さ」が必要だった。それを表現できるのが、Yohji Yamamotoの服だと僕は思った。

 この世界に入り一番最初に憧れた服がYohji Yamamotoだった。1981年、日本人として初めてフランス・パリにてプレタポルテ(高級既製服)コレクションデビューをし、現在まで世界中で多くの愛用者が後を絶たない。独特のシルエットと他に類を見ない黒の美しさが好きで、必死にお金を貯めてコートを買った。(Yohji Yamamotoのパリコレクションに初めて参加した際には、日本からそのコートを着ていった)。オーラを纏うように空気を含み、体型や動きと連動して生み出されるシルエットは美しく、削ぎ落とされた中でしか出せない「刀」のような緊張感がそこにはあった。そういった特徴に惚れ込み、パフォーマンスの衣装としても度々愛用していた。デザイナーである山本耀司氏にパリで初めてお会いできた時には、想いを綴った手紙を手渡したこともあった。

 源治のキャラクターを表すには、Yohji Yamamotoのコートを着用するしかない。その想いをスタイリストの渡辺さんに相談した。「Yohji Yamamotoのコートか……面白いアイデアだとは思う」。僕自身にも懸念は残る。映画衣装というのは、シーンによって服に汚れをつけたり、ダメージを与えないといけないので、3着は用意しないといけない。普段はこんな高級な衣装はありえないのだ。「コートはYohjiにするとして、インナーはどうする?」。そこでも源治のイメージを丁寧に伝えた。「源治は、会長であり、ヤクザとしての親である黒崎に忠誠を誓っている。その親の言うことは絶対であり、失敗は死を意味する。だからこそ、その任務を遂行するときは、死装束を着て覚悟を表すんです。だから、白い襦袢がいいと思っています」。源治は愛すべきキャラクターなのだ。「……わかった。そうしたら、インナーはオリジナルで作った方が良さそうだ。例えば、重ねた襦袢の色を赤の差し色にしたらどうだろうか? そうすると……」。僕の意図を汲み取ってくれた渡辺さんからもアイデアがどんどん飛び出してくる。パリのホテルのロビーで、僕たちは日本の魂を表現する映画のキャラクター衣装の話で盛り上がった。

 こうして出来上がった源治は、「HiGH&LOW」シリーズの中でも特異な存在となり、反響も大きかった。「不死身のターミネーター」という呼び名もつけられ、それにインスパイアされた僕は、続く映画4作目「HiGH&LOW THE MOVIE3 / FINAL MISSION」のアクションシーンでは、ダンスパフォーマンスからインスパイアされた動きも取り入れ、あまり人間らしくない動きを誇張していったりもした。キャラクターがこうして育っていくのだと実感する過程だった。

 激しいアクションシーンが特徴的な今作では、源治はその一端を担い、走行中の車の背に跨り、車に飛び移ったり、車両ごと川に落ちていったりとさまざまな経験をさせてもらった。戦闘シーンでは刀を中心としたアクションだったので、通っていた杉良太郎さんの演技塾で習ったことが大いに役に立った。

 興味深かったのは、映画を観たこの連載の編集者から「地面に刀を引きずり、火花を散らすシーンが、映画『ブラックレイン」での松田優作さんのシーンを彷彿とさせ、印象深かった」という感想も受け取ったことだ。その2年後に「ブラック・レイン」で監督を務めたリドリー・スコット氏が制作総指揮を務める映画に出演するのも、何かの縁だろうか。人生は面白い。

 こうしたLDHのクリエイティビティは、2021年現在にも、進化した形で受け継がれている。「HiGH&LOW」と同じくEXILE HIROが企画・プロデュースを務める「BATTLE OF TOKYO」だ。

「BATTLE OF TOKYO」は、LDHに所属するGENERATIONS、THE RAMPAGE、FANTASTICS、BALLISTIK BOYZによる「Jr.EXILE」総勢38名が集結し、コラボレーションとバトルを繰り広げる次世代エンタテインメント・プロジェクトである。それぞれのグループが、遥か未来の架空都市「超東京」を舞台に、自身のアバターを作り上げ、躍動する。キャラクターはもちろん、メンバーがプロデュースしている。僕が「HiGH&LOW」で源治の設定を考えたのと同じように、キャラクターのバックストーリーや設定まで考えたという。ちなみに、打ち合わせの様子を聞いてみると、「生き別れの妹を探している」キャラクター設定を話したメンバーが、何人もいたらしい……。

 同作の企画・構成には、脚本家・佐藤大さん(「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」や「交響詩篇エウレカセブン」など)、平沼紀久さん(「HiGH&LOW」シリーズ脚本)を擁するだけでなく、メディアミックス展開の一つとして、月島総記さんによる小説「BATTLE OF TOKYO」(角川文庫)も発売された。また、三代目J SOUL BROTHERSのライブツアー映像でも以前ご一緒したが、「攻殻機動隊 GHOST CHASER」でVR作品としては日本で初めてベネチア国際映画祭に正式招待されるなど、先鋭的な映像表現で世界中から高い評価を得る映像監督・東弘明さんが手掛けた最新Music Videoなども、公開されている。

 現実世界を生きるアーティストがそれぞれの人生が乗せ、生み出されたキャラクターが、豪華クリエイター陣により躍動し、物語が繰り広げられる。その世界観を展開するこの「BATTLE OF TOKYO」プロジェクトは、僕も注視し続けている。

 自らの活動や人生観をエンタテイメントに融合し、自分自身が「オリジナルの存在」となっていくこと。これは、日本や海外など場所に関わらず大切なことであると感じる。今、オンラインを通じ、無数に活動の場所があるが、だからこそ個人として存在感を発揮しないことには人々の記憶に残ることは無い。そんな中、新型ウイルスがもたらした状況に影響を受け、僕自身もいくつか考えがシンプルになってきた。

「オリジナルの存在」としてのあるべき姿に関して思うこと。僕たちは日本人であり、歴史の上に成り立つ他には無い文化を享受してきた。そんな中、これまでは、日本という国に生まれた人としてのルーツを活かし、世界に誇っていけばいいと思ってきた。しかし、それだけでは現代の世の中に受け入れられない。何よりもその文化の真価を発揮できない。自分の中に落とし込み、咀嚼し、他の人には作れないオリジナルの形で展開しなければならないと今は強く思っている。その方向性(ディレクション)こそが、自分の個性であり、自分自身を形成し、個人として「オリジナルの存在」になっていくことだと感じている。

 このことを強く意識した出来事がある。2019年12月、GQ JAPANが企画した、岡山城の前で行われたコレクション「The “O.SHIRO” Collection」で、殺陣とダンスを掛け合わせた「刀パフォーマンス」を舞った。新たなダンスやアクションのジャンルを感じさせるきっかけとなり、今後、自分の中でも探求していきたいものの一つだという発見もあった。自分らしい着眼点を持ち、新たに価値を生み出すこと。そこにヒントがある気がした。活動や人生観をエンタテインメントに融合することは、大切である。ただ自らを切り売りすることではなく、積み重ねた時間と経験を価値あるものに変え、人々に提供するということが重要である。

 そしてもう1つ。とても重要なことであり、僕自身、人から受けたアドバイスから気づいたことで、これまで見過ごしてきてしまったことを伝えたい。

 昨今の社会状況にて、僕自身、お金への考え方が大きく変わった。夢を叶えるにも、生きていくにも、お金は必要だ。その上で、ようやく僕らは何を残していくのかということを考えることができる。対価を得ること。労働や技術から生まれるサービスの対価を正しく受け取ることはとても大切なことだ。

 同時に、自分が持つ時間もお金なのだ。お金を払ってお金を稼いでいることを忘れてはいけない。その上で、企画と金額に応じて提供するものを、自らの内から選択していくのだ。また、自らを消耗することがあれば、それを続けることは本当に必要なのかを、一度立ち止まって考えて欲しい。 

 考えるべきことはシンプルだ。「何を以て自分でありうるのか」「自分のどんなところが価値を生むことができるのか」という2つである。

 僕たちは、いつも「次」に向かっているのだ。

★#23に続く

■小林直己
千葉県出身。幼少の頃より音楽に触れ、17歳からダンスをはじめる。
現在では、EXILE、三代目 J SOUL BROTHERSの2つのグループを兼任しながら、表現の幅を広げ、Netflixオリジナル映画『アースクエイクバード』に出演するなど、役者としても活動している。

この続きをみるには

この続き: 0文字
この記事が含まれているマガジンを購読する
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に幅広いテーマの記事を配信しています。政治家や経営者のインタビュー、芸能人の対談、作家のエッセイ、渾身の調査報道、一流作家の連載小説、心揺さぶるノンフィクション……月額900円でビジネスにも役立つ幅広い「教養」が身につきます。

文藝春秋digital

月額900円

一流の作家や知識人、ジャーナリストによる記事・論考・ルポルタージュなどを毎日配信。執筆陣のオンラインイベントも毎月開催中。月額900円で記…

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
文藝春秋digital

記事へのご意見・ご感想をお待ちしています。「#みんなの文藝春秋」をつけてご自身のnoteにお書きください。編集部がマガジンにピックアップします。皆さんの投稿、お待ちしています!

ありがとうございます!
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に、一流の作家や知識人による記事・論考を毎日配信。執筆陣のオンラインイベントも毎月開催中。月額900円で記事読み放題&イベント見放題のサービスです。