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【連載】EXILEになれなくて #21|小林直己

第四幕 小林直己

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二場 英語はツール 〜映画「アースクエイクバード」〜

 「パンデミック」という言葉がこれほど浸透するとは思っていなかった。世界が1つの話題を同時に取り上げることも想像できなかった。新型ウイルス感染の余波と影響が自分の生活に直結していたり、世界各地で行われた有名アーティストが行う人々を励ますアットホームライブを観れたり、それに自身も癒されるようになるとは数年前は想像することができなかった。そんなことを思いながら、最近は、ストリーミングサービスを利用して、CNNやBBCといった海外のニュースをリアルタイムでチェックしている。英語の学習も兼ねて。

 英語は、僕にとって好んで身に付けたいと思った外国語だ。学生時代から英語を使いこなすことに憧れはあったのだが、本格的に学習に取り組みはじめたのは5年ほど前から。その時期は、グループでのアーティスト活動が例年よりも抑えられており、僕には時間があった。

 自分を俯瞰してみると、個性的ではあるけれど、キャスティングに上がるような要素をもっと足すと良さそうだ。そう感じていた僕は、自分に何か特徴を付けようと考えた。そして、この際だから、小手先のものではなく、昔から持っている自分の夢を乗せ、それが仕事になっていけばいいなと考えた。「自分のなりたい姿になってみよう」と考えた時にふと浮かんだのが英語だった。

 さっそく英会話教室に申し込んだ。1日5時間、週に4日以上。ただ学習カリキュラムをこなすだけでなく、自らの興味に従いながら学び進めた。SNSを開けば好きなアーティストが世界の裏側でその考えを呟き、YouTubeでは人生に影響を与えてくれた映画の舞台裏が流れている。憧れの俳優が自らの演技論や、活動を通じ享受したいものを語っていた。教科書以外にも教材は溢れているし、言語はあくまでツールだと感じた。同時に目標も設定した。当時僕が出演しまさに編集作業中だった「たたら侍」という作品が、1年後にアメリカでもプレミア上映を行うらしいという情報を聞いた。「その日に英語でスピーチをしよう。それができなければ、もうこの人生では、英語を話せるようにはならないだろう」と決意し、そこに向かって走り出した。

 英語を学習していたの時期によく観ていたのは、「Hollywood Reporter」というメディアのRoundtableという企画だ。ハリウッド俳優が円卓に座り、生い立ちや参加した作品の裏話、そして、演技論について語り合う。いろんな組み合わせの討論を聞くと、俳優たちがそれぞれ独立した存在であり、互いを尊重しながらも、自らの生き方を選ぶ考え方に、これまで少なからず人の顔色を窺いながら生きてきた自分は影響を受けた。最近は、好きな作品に参加した俳優が一堂に会した、「Actors Roundtable」Chadwick Boseman (「The Black Panther」)、Timothée Chalamet (「Beautiful Boy」)、 Viggo Mortensen (「Green Book」)、 Mahershala Ali (「Green Book」)、 Hugh Jackman (「The Front Runner」)、Richard E. Grant (「Can You Ever Forgive Me?」)が好きだ。

 学び始めて1年後。ハリウッドのエジプシャンシアターで行われた「たたら侍」のプレミア上映会の舞台に僕は立った。そこで1年間練習し続けた英語のスピーチをした。今見ると、拙さが恥ずかしいが、そこには僕の英語に対する初心が詰まっている。

 僕が憧れた世界は、夢物語じゃない。僕が生きているこの世界と地続きに繋がっている。少しずつ英語が理解できるようになってくると、そんなふうに思えた。すると、事態は動き出していった。

***

 2019年11月にNetflixで配信された「アースクエイクバード」という作品への出演は、僕にとって大きな転換点となった。製作総指揮は「エイリアン」「グラディエーター」などを手がけ、未だ第一線で活躍する映画監督、リドリー・スコット。原作は、英国推理作家協会の最優秀新人賞にも輝いたスザンナ・ジョーンズの同名小説。「リリーのすべて」でアカデミー賞助演女優賞を受賞したアリシア・ヴィキャンデルをはじめとするキャスト、撮影監督には「オールド・ボーイ」のチョン・ジョンフン、「アリスのままで」を手がけたウォッシュ・ウエストモアランドが監督を務めた、Netflixオリジナル映画である。

 僕にとって、英語を中心とした初めてのインターナショナル作品だった。3人の人物を中心に進んでいく物語であり、アカデミー賞受賞経験のあるアリシア・ヴィキャンデル、「マッドマックス 怒りのデスロード」のライリー・キーオとともに、僕は松田禎司という人物を演じた。オーディションで選ばれたこの経験は、そのプロセスも含めて、大変刺激的なものであり、表現者としての視野を大きく広げてくれたものだった。

 オーディションが行われたのは、2018年の11月。僕はその前年、2017年頃から、海外での活動を考え始め、語学をはじめ殺陣やアクションなどを準備し始めていた。日本国外の活動をマネジメントするエージェントなど、サポート体制を整え、いくつかのオーディションを受け始めていた。

 「アースクエイクバード」のオーディションは突然舞い込んできた。「1週間後に、日本を舞台としたインターナショナル作品のオーディションがある。条件が合いそうなので受けてみてはどうか」という話がエージェントから来たので、二つ返事で了承し、すぐに準備に取り掛かった。もちろん台本は英語である。それだけではない。インターナショナル作品ということで、スタッフ編成も普段とは違った。監督はイギリスから、カメラマンは韓国から、制作チームはアメリカから。世界各国からこの作品を撮影するために日本に集結するのだ。

 ビデオオーディションでは、いくつかのシーンを撮影した。数日経って、再度、別のシーンを見たいという連絡があった。コールバックがかかるということは、良い知らせである。その後、何度かコールバックは続き、その度に準備をして臨んだ。

 脚本を初めに読んだ時から、僕が演じる禎司という人間には、どこか自身との共通点を感じる部分があった。これまでオーディションを受けてきた役と何かが違っていた。「どうしても自分が演じたい」という強い想いが湧き出て、すぐさま原作の小説を読んだりと、準備にも熱が入っていった。

 ビデオオーディションが数回続いた後、監督から連絡があった。オンラインでビデオ通話をしながら、実際にシーンを演じてほしいとのことだった。海外で何度か演技レッスンを受け、英語でのディレクションを受けたことはあったのだが、ビデオ通話での監督とのやりとりは、これまで経験したことのないものだった。監督のウォッシュ・ウエストモアランドは、笑顔が印象的な柔和な人であったが、時折見せる、人を奥底まで分析するようなシリアスな瞳が印象的だった。今まで、アメリカ英語に慣れていた自分は、ウォッシュのイギリス英語の発音の聞き取りに苦労した。

 いくつかのシーンを、違う演出で芝居していった。3つ、4つ、ストーリーの中で重要なシーンを演じていく。それはとても心躍る、楽しい時間だった。30分ほど経つと、ウォッシュは満足したように、「今日はありがとう。ここからは直己の話を聞かせてくれないか。ちなみに、直己の興味のあるものって何かな」と質問してきた。突然のことで少し悩んだけれど、これまで取り組んできたダンス、特に、自分をこのエンタテインメントの世界に連れてきてくれるきっかけとなった「KRUMP(クランプ)」という踊りについて話すことにした。

 「KRUMP(クランプ)」は、LAの中でも、当時は最貧困地域の一つとされていたサウス・セントラルで生まれた踊りだ。まるで戦うかのように拳を振り回し、胸を突き上げ、地面を強く踏む。そのダンススタイルは、家族や仕事もなく、食べていくためにギャングやドラッグディラーになるしかない若者が、音楽と踊りの力で一丸となり、手を取り合い仲間となり、お互いを守っていくというカルチャーから生まれたものだった。

 このダンスの特徴は、円陣を組むようにして踊っている一人を取り囲み、まるで応援するかのように鼓舞し合う「セッション」があることだ。踊っている本人は、普段の生活や自身のこれまでの人生などで抱えるネガティブな気持ちを吐き出し、消化させるかのように踊り表現し、限界まで体を酷使する。それを、全員で支え、守り、応援することで、たどり着けない境地にまで達することができる。

 キリスト教の精神と深く結びついたダンスだった。そのせいか、ただの踊りではない、「生きる力」みたいなものを感じることができるところに、僕は強烈に惹かれた。

 僕自身は、なぜか幼い頃から「人に忘れられたくない」という強い欲求があった。それとは別に、――何を観たのか忘れてしまったのだが――強烈に恐怖を感じた出来事があり、それがずっと忘れられなかった。その2つの経験が結びついたことにより、「人の心に傷をつけるほどの表現をすることができれば、僕を覚えてくれる人がいるんじゃないか」という想いを抱いていた。その後、ダンスを始めると、自分には、理想の動きを表現している影のようなものが見えるようになった。それを追うことで、自分の理想とするダンスが踊れるようになっていった。それらの感覚が全て一致したのが「KRUMP」で、ネットで見かけた一つの動画で一気に心奪われ、独学で学び続けたのだ。

 話をオーディションに戻そう。そういった、自分の持つ、得体の知れない衝動について気が付いたら1時間以上も喋っていた。ウォッシュも興味を持って聞いてくれ、その日は終わった。

 2018年も12月になり、一年が終わりを告げようとしていた。

 LDHの会議室でミーティングを終えると、ちょうど、エージェントから連絡があった。「受かりました。禎司役が直己さんに決まりました!」「うそ……、本当?」。本当に嬉しいと、人間は膝が震えて腰を抜かすっていうのは事実なんだと体感した。会議室の角で壁に手を突きながら、電話を切った。大きく息を吐き、その喜びをかみしめた。オーディションを経て役を勝ち取ったのは、初めての出来事だった。信じられない気持ちと、一つの達成感のようなものが同時に胸に去来した。気づけば、呼吸が浅くなり、心拍数も上がっていた。僕は、一度大きく深呼吸をして、席に着いた。そして、すぐさま気持ちを切り替え、役作りのために九州・鹿児島へのチケットを取った。原作で、この役の出身地という描写があったからだ。

 撮影は、2019年の5月から7月にかけて行われた。東京都内のスタジオにセットを組み、室内のシーンを撮影しながら、ロケーション撮影も、東京・名古屋・佐渡島と、いくつかの場所で行われた。その時期はちょうど、EXILEと三代目 J SOUL BROTHERSでドームツアーを回っており、ツアー先からロケ撮影に行き、そのままツアーへ戻るなど、休みなく、日々動いていた。

 制作チームは様々な人種のスタッフが入り混じり、いくつかの言語が飛び交っていた。撮影はハリウッドの俳優組合のルールで行われた。また、配信元となるNetflixは当時から、ハラスメントに対し厳しい基準を設けており、それに対する講座なども撮影が始まる前に行われるなど僕はインターナショナル作品の洗礼を日々受けることとなった。肉体的には過酷な毎日だったけれど、ただただ楽しかった。

 撮影が終わった後は、アフレコ(音声を別撮りすること)が度々行われた。仕事の関係で、各地に滞在していた僕は、東京、ロンドン、LAなど、様々なスタジオでアフレコを行った。また、急きょ追加撮影が決まり、夏を過ぎたあたりでLAに飛び、2日間の撮影を行ったりもした。

 そして、作品は無事に完成した。ロンドン国際映画祭でワールドプレミアを迎えることになり、僕は10月にロンドンを訪れた。現地では映画祭への出席と、いくつかの取材をこなした。東京国際映画祭でジャパンプレミアを迎えるため、11月に帰国。家族を映画祭に招待したり、映画祭の後は、撮影チームとLDHスタッフとの食事会を設けたりもした。その後、作品は北米を中心に世界中で公開された。

 僕が、様々な映画から多くの影響を受けてきたように、世界のどこかで、誰かがこの映画を観てくれるかもしれない。そう思うと、エンタテインメントが持つ力や、人生の不思議さを感じた。また、今回の国際色豊かな経験は、自分を、LDHのアーティスト・グループの一員という括りや、また、「日本人として」という考えから解放してくれた。僕は僕以外の何者でもないのだ。ただ単純に、出会った目の前の人たちと、繋がっていくんだ。
インターナショナル作品が持つ広がりを体感した僕は、自分の活路を見出したような気がした。この作品の撮影に入る前に、通っていた俳優の杉良太郎さんの演技塾での言葉を思い出した。「直己。お前はテレビのフレームに収まるようなサイズではない。映画のスクリーンのサイズがお前にあっている。映画に出なさい。そして、本物をやるんだ」。また、ワールドプレミアを迎えたロンドン映画祭にて、今作のゼネラル・プロデューサーも務めていたリドリー・スコット(「エイリアン」「プレードランナー」「ブラックレイン」)からこう言われた。「君は映画に必要な存在感がある。これからも続けたほうがいい」。光栄すぎる言葉をいただいた時、こんな想いが素直に浮かんできた。「あぁ、ここからが”始まり”なんだ」。

 2021年2月、感染対策の観点から、日本からの発着便については、ビジネスを含み国外への全ての渡航を一時停止されることになった。国外での活動は未だ再開の目処は立っていない。しかし、ビデオオーディションという形態があるように、今はオンラインでの撮影があったり、国内にも様々なプロジェクトが進行している。SNSなどを通じ、表現の場も増え、コンテンツは国境の境にかかわらず広がり続けていく。

 僕は、やはり、海外での活動がどうしてもやりたい。自分が楽にいられるような気がしている。素直に自分らしくいられること。小さい頃からの憧れを人生で実現するためには、そろそろ具体的に動いていく時期だと考えている。

 新型ウイルスの余波によって国内のエンタテインメントの状況は刻々と見通しを模索し、LDHやグループの方向性や考え方を踏まえ、いかに僕自身の活動をプラスにし、グループや会社に還元していくかというのが、目下の課題である。

 時間とお金は限られている。「行くなら今しかない」そう思っている。

★#22に続く

■小林直己
千葉県出身。幼少の頃より音楽に触れ、17歳からダンスをはじめる。
現在では、EXILE、三代目 J SOUL BROTHERSの2つのグループを兼任しながら、表現の幅を広げ、Netflixオリジナル映画『アースクエイクバード』に出演するなど、役者としても活動している。

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