森功

森功「新・現代官僚論」 唯我独尊的な総理の最側近

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 安倍晋三と仲のいい政府の関係者が言った。

「今年9月から10月にかけて関東を襲った台風15号や19号被害の際、経産省の課長級の役人が各市町村に出張って収集した情報を官邸にあげていました。従来、こうした自然災害では国交省が前線で情報を集め、警察や防衛省と連携しながら対応をしてきたが、いまだかつてない光景です。とりわけ東京電力を所管している経産省にとって、千葉県の停電被害が大きかったせいもあったかもしれませんが、そのあとの19号のときも同じ。今では災害まで経産省が主導して対策を練っています」

 2012年12月に発足した第二次安倍政権において、7年のあいだ主要政策づくりを担ってきたのが経産省だといわれる。安倍政権の「下請け官庁」と称される。

 戦後長らく自民党政権を支えてきた官庁は、財務省だった。その大きな理由は国家予算を預かってきたからにほかならない。そのため財務事務次官は日々首相に会い、新聞の首相動静にもたびたび登場してきた。そんな中央官庁における霞が関の力学は、政権中枢における人事配置などにも現れてきた。

 首相官邸には、財務、外務、経産、防衛、警察の主要5省庁が首相の事務秘書官として若手のエリート官僚を送り込む慣例になっている。その5人の秘書官のなかで、財務省出身者がイニシアティブを握り、秘書官を代表して首相に政策の助言をしてきた。また、官房長官や官房副長官にも同じように事務秘書官がそれぞれ2人配置される。そのうちの1人は必ず財務官僚が務めてきた。さらには、財務省である程度のキャリアを重ねた役人が官房副長官補を務め、文字どおり官僚トップの官房副長官を補佐する役割を担ってきた。

 戦後政治において、首相官邸が財務省の意向を踏まえながら政権運営をしてきたのは間違いない。

 ところが、安倍政権では、その財務省の影が薄い。首相動静一つとっても、歴代内閣に比べ、財務事務次官の登場回数が極端に減っている。それだけ首相と直接会ってブリーフィングする機会が減っている証左といえる。財務省に代って経産官僚がわが世を得たり、とばかりに振る舞っている。

 いきおい安倍政権における官邸官僚たちも経産官僚が多数を占める。なかでも長谷川榮一は、首相本人と最も付き合いが長い。総理の分身が今井なら、長谷川は最側近である。

 1952(昭和27)年4月21日、千葉県木更津市生まれ。当人は地元の木更津第一小、第一中学校を経て、千葉県立木更津高校から東大法学部公法学科に進学した。76年3月、灘、開成、麻布という私立進学校御三家出身でなく、東大を卒業して旧通産省入りしている。ある意味、珍しいエリート官僚でもある。経産省時代の元同僚がその印象を語った。

「たしか父親は地元の新聞配達店の経営にタッチしていたと記憶していますが、長谷川さん自身は木更津高校で3年間ずっと首席だったという秀才です。ただ木更津高校からの東大進学は貴重で、まして官僚になる卒業生はほとんどいません。霞が関における学閥がないので、入省後も経産省には仲間がいない。それが災いしたのか、優秀さの反面、かなり唯我独尊的なところがあり、けっこう省内では浮いた存在でした」

 同期入省には、立憲民主党会派の岡田克也や自民党参議院議員の高橋はるみなどがいるが、互いの交流はあまり聞かない。若い頃の長谷川は米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院に留学して修士課程を修了し、通産省時代に通商政策局北米通商企画官や日本貿易振興会ニューヨーク・センター産業調査員を経験した。94年の通商政策局北西アジア課長、96年の東京都労働経済局商工振興部長、98年の産業政策局産業構造課長などを経て、省庁再編後の02年には、経産省大臣官房企画課長を務めた。そこから06年9月に第一次安倍政権で内閣広報官に就任した。

「経産省では、旧通産省時代から官房が選抜した役人を自民党若手の有望議員のもとに通わせ、パイプをつくっておく慣習がありました。それで、長谷川さんが91年に父親の地盤を継いで代議士になったばかりの安倍さんの担当に抜擢されたのです。二人は馬が合ったのでしょうね。小泉政権で安倍さんが官房副長官に就任したとき、長谷川さんはまだ通産省のいち課長でしたけど、秘書官でもないのに副長官室に自由に出入りできていました」

 後輩の経産官僚が内輪話を明かした。

「小泉政権では、経産省が中心となって構造改革特区を進めようとしていました。そこで特区担当者が長谷川さんに相談し、安倍さんのところに連れていってもらっていました。長谷川さんのおかげで、政務案件として秘書官を通さず、顔パスで官房副長官室に行って安倍さんと面会できたといいます。通常の事務案件だと面会記録を残さないといけないけど、政務案件だったら何も記録が残らないのでとても便利なんです。で、安倍さんに『自民党内に特区委員会をつくってほしい』と頼んだところ、『それなら野呂田芳成さんが委員長として適任だろうね』と紹介してくれ、野呂田さんを口説いてくれたそうです」

 第一次安倍政権で内閣広報官に抜擢された長谷川は、首相の期待どおりの活躍をした数少ない官僚だといえる。(敬称略)

(連載第2回)
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■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。



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