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【全文公開】普遍性を持つ戦争の記録 梯久美子さんの「わたしのベスト3」

ノンフィクション作家の梯久美子さんが、令和に読み継ぎたい名著3冊を紹介します。

5_梯久美子 書評特集

 時代が移っても継承すべきもののひとつに、先の戦争の記憶がある。きわめて私的な視点から戦争を描きつつ、ある普遍性を獲得している作品を選んだ。

『望郷と海』は、関東軍のハルビン特務機関に配属され、戦後、8年間にわたってシベリアに抑留された詩人・石原吉郎の評論集。収録作の「ペシミストの勇気について」で石原がペシミストと呼ぶのは、同じ収容所にいた鹿野武一という男である。

 あるとき鹿野は絶食を始めたが、その理由は、ハバロフスク市長の令嬢が偶然見かけた捕虜たちに同情し、自宅から取り寄せた食料を鹿野を含む全員に手渡したことだった。それは鹿野にとって致命的な出来事で、そのときから生きる意欲を喪失したという。このような環境で人間のすこやかなあたたかさに出会うくらいおそろしいことはなかったにちがいないと石原は書いている。

『ひろしま』は石内都による被爆者の遺品の写真集で、女性の衣服を撮影したものが多い。事実を語るのは言葉だけではない。「もの」という歴史の目撃者から沈黙の声を引き出すのは「私がこれを着ていたかもしれない」という、悲劇の主体と交換可能な自分自身の発見である。

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『アンパンマン』の作者として知られるやなせたかしには、人間魚雷「回天」の乗員となった弟がいた。『おとうとものがたり』は、父が30代で亡くなり、母が再婚したことで、親戚の家に2人で預けられて育った弟との思い出を綴った本。陸軍に召集されたやなせは生還したが、弟は南方へ移動中に乗っていた艦が撃沈され、22歳で亡くなった。最後に会ったとき弟は「ぼくはもうすぐ死んでしまうが、兄貴は生きて絵をかいてくれ」と言ったという。

「君のかわりにやるとすれば/ぼくは何をすればいいのだろう/おもいでの中の弟は/まだとてもちいさくて/びっくりしたような眼をみひらき/「兄ちゃん、わからないよ」/と恥ずかしそうにいった」(「墓前で」より)



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