観月_修正

小説「観月 KANGETSU」#18 麻生幾

第18話 

ガス橋殺人事件(2)

★前回の話はこちら
※本連載は第18話です。最初から読む方はこちら。

「マルガイの自宅に向かったキソウ(機動捜査隊)から今し方入った報告では、日課にしているウォーキングにいつもの時間に家を出たらしい」

 井村が説明した。

「その途中、何者かに襲われた?」

「恐らく」萩原の言葉に井村が頷いてから言った。「ただ、財布とその中身は取られていない」

「タタキ(強盗)ではないと……」

 萩原はそれ以上の詮索は止めた。

“初動、初期捜査においては、頭を使うな、足を使え”と、かつて指導を受けたオヤジさん(先輩刑事)から叩き込まれたことは今でも忘れていなかった。

「で、自分はどの辺りの聞き込みを?」

 もう一度周囲へ目をやった萩原が訊いた。

「それはいい」

 井村が短く言った。

 怪訝な表情を向ける萩原に、井村が続けた。

「班長が間もなく到着するが、専従班は池上署の霊安室に集めて欲しい、とオレに頼んでいた」

「署に?」

 怪訝な表情で萩原が訊いた。

「専従班全員は、検視に立ち会わせます、とな」

 井村が言った。

「検視?」

 迅速な聞き込みを重要視する、栗本(くりもと)警部らしくない、と萩原は思った。

「致命傷は心臓あたり、とさっき言ったが、犯行が残虐なんだ」

「残虐?」

 萩原は、井村の顔を覗き込むようにして訊いた。

「全身を刃物ようなものでメッタ刺し。顔までもだ」

 萩原は目を彷徨わせた。

「こういう時の、栗本の、例の拘りを知らんはずもなかろう」

 井村のその言葉の意味を、萩原はもちろん知らないはずはなかった。

 殺害方法が残虐である場合、栗本班長は必ず、本部捜査第1課の専従班を検視に立ち会わせる。そしてこう言い放つのだ。

「マルガイの無念を目に焼き付かせろ! 人を憎まずして罪を憎む、なんてふざけたことをぬかす野郎は出てゆけ! 犯人を憎んで憎んで憎み尽くせ!」

 萩原は苦笑せざるを得なかった。

「班長のあの姿、猟犬ですよ」

「実は、今回の班長の拘りはそれだけじゃない」

 井村がいつになく静かに言った。

 萩原は右眉を上げて井村を黙って見つめた。

「奇妙なものが仏さんの首に付いていたんだ」

 井村が言った。

「奇妙なもの?」

 井村は自分のスマートフォンを取り出した。

「本物は、さっき鑑識が持って行ったが、念のために撮っておいた。これだ」

 向けられたスマートフォンのディスプレイへ目をやった萩原は思わず、

「なんです、これ?」

 という言葉が口に出た。

「わからん」

 井村が吐き捨てるように言った。

 萩原が目にしているのは、一枚の白い紙いっぱいに、青い7つの小さな星が円を形成する形で描かれている、その有様だった。

「これがマルガイに?」

 萩原が訊いた。

「ああ、首元にガムテープで貼られていた」

 井村が答えた。

「まさか、あれですか、ドラマであるような、犯人のメッセージ?」

 呆れた表情で萩原が言った。

「さあな」

 苦笑する井村は顔を左右に振った。

(続く)
★第19話を読む。

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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