見出し画像

中島岳志さんの「今月の必読書」……「生命の谺 川端康成と『特攻』」多胡吉郎

戦争体験から読み解く川端文学の核心

川端康成の文学では、世界の美しさの中に、冷たい死の影が顔をのぞかせる。川端自身、幼いころから親族を相次いで亡くす経験を持った。川端の人生と死は密着している。

そんな川端が、戦争末期に鹿児島の鹿屋特攻基地に派遣され、海軍報道班員として約1か月間、特攻隊として命を散らす若者とともに生活したことは、あまり知られていない。これまでの研究でも、この点に深く切り込むものは限定されており、彼の「特攻」体験は軽視されてきた。

しかし、著者は綿密な調査と大胆な考察によって、通説を打ち破っていく。そして、「特攻」体験こそが、戦後の川端文学の核心部分に、大きな影響を与えたことを論じる。

川端が鹿屋特攻基地に滞在したのは、1945年の春。戦況は悪化し、滞在中も多くの若者が、眼前の飛行場から出撃していった。この時、同じ海軍報道班員として山岡荘八が基地に滞在した。山岡は積極的に取材を行い、話を聞いて回ったが、川端は脇からじっと目を凝らし、無言の観察を続けた。そして、特定の若者と深く話し込み、思いに耳を傾けた。

川端が関心を持ったのは、若者たちの愛国心や忠誠心、自己犠牲の精神ではなかった。ましてや、日本の戦力や戦況への関心はほとんどなかった。彼の鋭いまなざしが捉えたのは、「生と死の狭間でゆれた特攻隊員の心のきらめき」だった。それは思慕を寄せる女性への極私的な愛や性の疼きだった。

川端は具体的に誰から話を聞き、いかなる思いを託されたのか。

続きをみるには

残り 765字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください