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点滴不審死48人 殺人看護師の精神鑑定 「自分でも止められない」 鑑定医が明かす深層心理とは? 岩波明

文・岩波明(昭和大学医学部精神医学講座主任教授)

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岩波氏

精神鑑定の目的とは

横浜市神奈川区の旧大口病院で、入院患者3人の点滴に消毒液を混入して中毒死させたとして、殺人罪に問われた元看護師の久保木愛弓あゆみ被告(34)。10月1日から同月22日にかけて、横浜地裁で公判が開かれた。

事件が発覚したのは、2016年9月20日。午前4時、4階病棟に入院していた八巻信雄さん(当時88)の容体が急変し、死亡した。その際、投与中だった点滴袋の中身が泡立っているのを看護師が不審に思い、調べたところ、袋のゴム栓に注射針であけたような穴を発見。神奈川県警に通報を入れている。司法解剖の結果、死因は中毒死であることが判明。体内と点滴袋からは、院内で使用されている消毒液「ヂアミトール」の成分である界面活性剤が検出され、殺人事件へと発展した。

神奈川県警が捜査を進めるなか、捜査線上に浮上したのが、同院で看護師として勤務していた久保木だった。2018年6月30日、2回目の任意聴取中に自供。同年7月7日に逮捕、12月7日に起訴に至る。

同院では2016年7月から事件発覚までの3カ月間で、不審死した入院患者が48人にものぼる。他にも被害者がいる可能性もあったが、事件発覚時には多くの遺体が火葬済みだった。結局、立件できたのは八巻さんの他、興津朝江さん(当時78)、西川惣蔵さん(当時88)の3名のみ。

岩波明氏は、久保木被告の精神鑑定を担当。その詳細な記録をもとに、稀代の大量殺人犯の深層心理にリアルに迫る。

久保木被告の精神鑑定を始めたのは、2019年8月のことでした。私の勤務する昭和大学の附属病院に入院させ、精神鑑定は入院先の病棟でおこないました。

鑑定の目的は大きく分けて3つ。

「犯行時の精神疾患の有無」
「精神疾患が認められる場合は、それが犯行に与えた影響」
「鑑定時の精神状態」

となります。

すでに起訴の直前、横浜地検は久保木被告に対する精神鑑定をおこなっていました。刑事責任能力を見極め、起訴できるか判断するためです。選任された医師は、軽いASD(自閉スペクトラム症)があると診断。よって検察側は被告に完全責任能力があったとしました。

このASDという検察側鑑定についての是非も、今回の鑑定のポイントとなりました。

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久保木愛弓被告

「死ね、ブタ、デブ」

鑑定の初期は通常、病院の保護室に隔離した状態でおこないます。入院当初の面接では、発言は淡々とし、具体性に乏しかったものの、丁寧な言葉で質問に返答するなど、礼節は保たれている印象でした。

しばらくは個室で様子を見て、問題がなさそうであれば、一般室へと出して他の患者さんとの交流も見てみようと考えていたのです。

ところが――。

入院から3週間ほどすると、久保木被告は徐々に奇異な行動を示すようになりました。

最初の奇行は、9月17日。院内への持ち込みを許可していた雑誌を、隔離していた室内の便器の中に詰め込み、室内や部屋の前の通路を水浸しにしたのです。理由を聞くと、「排泄後に手洗いをしていない状態で雑誌に触れたことを意識し、雑誌を破ってしまった。それをスタッフの目から隠すために便器に流した」ということでした。

実は、検察による精神鑑定時にも、奇異な行動が見られたようです。夜間に久保木被告が、他の入院患者の耳と鼻の穴に綿棒を使って洗剤を詰めたと報告されています。その際、「少し前に折り紙の鶴がなくなったが、それが自分のせいだと言われたので、仕返しをしようとした」と、語ったそうです。このような事例も聞いていたので、被告の行動を注視していました。

10月に入ると、明らかな幻聴や被害妄想が出現し始めた。本人からは様々な訴えがありました。

「死ね、ブタ、デブなどの悪口が聞こえてくるので辛い」

「真夜中、外のドアをノックしたりガチャガチャさせて『安眠妨害のためにやってるぞ』とか言っている声が聞こえたんです」

「Aさんという女性の看護師とBさんという男性看護師に狙われています。人を殺した私がこんなこと言う資格ないですが、すごくここにいるのが怖いです。特殊部隊って何分くらいで到着しますか? さっき出てけって言った看護師は刀を持っていますか?」

一番驚いたのは、保護室のドアの前に、バリケードのようにマットレスを置いていたこと。ほぼ立てこもり状態です。この夜は特に症状が顕著で、廊下に向かって「助けてください。警察を呼んでください」と繰り返し叫んでいました。

さらに、後頭部を壁に打ち付ける自傷行為を始め、食事も一切拒否するように。まともに話が出来る状況では、とてもありませんでした。

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旧大口病院

統合失調症の急性期の症状

久保木被告の症状は、どの精神科医が見ても、明らかに統合失調症と診断できるものです。例えば、雑誌を便器に詰め込む行為は、よく見られる問題行動です。統合失調症の患者さんは、自分の服やトイレットペーパーを、便器に詰まらせることが多いのです。

実は久保木被告は鑑定が始まる前から統合失調症に対する抗精神病薬を処方されていました。しかし、服薬していると鑑定に影響が出る可能性があり、試験的に処方を中止しました。すると予想通り、激しい症状が出ました。2週間ほど経ったところで、やむを得ず処方を再開すると、だんだんと症状は落ち着いていきました。

こうした事情もあり、当初は鑑定期間を2カ月と決めていましたが、裁判所に相談して3カ月へと延長。経過をみながら話を聞きました。

統合失調症は主に思春期から青年期に発症し、発症率は人口の約1%。原因は解明されていません。経過は主に4つの段階に分けられ、段階ごとに症状も異なります。

●前駆期:不安、焦燥感、抑うつ気分、神経衰弱状態
●急性期:幻覚、妄想、自我障害などの陽性症状、精神運動興奮、昏迷
●回復期:陽性症状が次第に軽快
●慢性期(残遺期):能動性の低下、感情鈍麻などの陰性症状、人格水準の低下

久保木被告が鑑定中に示したのは、まさに「急性期」の症状でした。

それでは、一体どのタイミングで被告は「前駆期」に入り、「急性期」へと移行したのか? 犯行時はどのような精神状態にあったのか?

それを検討するために、まずは被告の人生を振り返ってみます。

どこにでもいる普通の子供

久保木被告は1987年1月7日生まれ。幼少期を茨城県で過ごし、県内の公立小学校に通っていた。小学校6年生で神奈川県伊勢原市に転居。中学は公立中学に、高校は県立高校へと進学した。

幼い頃は、集団で遊ぶのが苦手なものの、近所の子供たちとは楽しく遊んでいたようでした。

小学校の入学後も特筆すべきことはありません。要領はよくなく、友人は少ないものの、どこにでもいる普通の子供といった印象です。学校の通知表には、次のような担任のコメントが並んでいます。

〈穏やかで自分の考えを押し通そうとせず、友達と仲良く助け合って生活しています〉(小1)
〈人の気持ちを思いやる心が育ってきており道徳の発表などは、随所で優しさが光っています〉(小2)
〈物静かですが、しっかりと話を聞き、しっかりと考えて的確な行動をとることができます。また自分の意見をはっきりと主張できるのも立派です〉(小4)

中学入学後は、学校で親しい友人が4人できたようです。声優が好きで、声優のライブに友達と行ったこともあったようでした。

〈友人関係は安定し、日常の諸活動や、体育祭等にも、みんなと協力して、しっかり取り組むことができました〉(中1)

ところが高校に入学後、クラスに馴染めず、孤立してしまった。1人で過ごすことが多くなり、アガサ・クリスティーなどの推理小説を好んで読んでいたそうです。

一方、学外ではファストフード店、スーパーで各1年ずつアルバイトをしており、特にスーパーでは経営者から可愛がられていた一面もあった。場所によっては、きちんと適応できていたと言えます。

検察による鑑定では久保木被告はASDとされていますが、幼少期から高校までの記録を見ても、そのような痕跡は発見できませんでした。

ASDであれば通常、行動や興味の強いこだわり、コミュニケーション障害など、なんらかの特徴が子供の頃から見られます。本人や家族の話を聞く限り、対人面での重大な障害は見られなかった。学校の成績も特別良いわけではありませんが、中位レベルを保っていました。

「大人になってからは、看護職にこだわりがあった」と検察側の鑑定は指摘していましたが、通常のASDにみられるこだわりとは全くレベルが違います。例えば、自閉症を扱った映画『レインマン』では、主人公が毎日の食事を必ず決まった順序で食べるシーンがある。行動パターンに異様なこだわりがあるのです。

そもそもASDは、誤診が非常に多い。検察側の鑑定は、ほとんど素人的なものに思えました。

高校卒業後、看護専門学校に進学。2007年4月に正看護師免許を取得し、看護師となった。

専門学校卒業後は、横浜市内の病院へ就職。3年目で配属された障害者病棟での仕事内容が合わず、精神が不安定に。2014年4月8日、精神科クリニックを受診し、抑うつ状態と診断を受ける。その頃は、休職や、系列の老人ホームや診療所への異動が続いている。

「うつ」が統合失調症の入り口に

高校卒業後、看護師免許を取得したのは、「手に職をつけてほしい」という母親の希望が大きかったようでした。専門学校へは、当初は自宅から通い、2年次からは寮で生活をしていました。

注目すべきは、学校での成績です。全体としては中位ですが、科目によって偏りがあった。学科の成績を見ると、30科目中C判定が3教科で、他はA判定かB判定(判定はAが最高、Cが最低)。それが実習になると、14科目中9科目がC判定となっている。被告は「あらかじめ決められた手順をこなすことはできるが、臨機応変な対応を求められると混乱する」とも話していました。緊急事態が生じやすい看護現場には、明らかに向いていないのです。

最初の病院に就職後、配属された回復期リハビリテーション病棟では、ごく普通の看護師として働けていた。作業スピードは遅いですが、業務自体は難なくこなせていた。人間関係については、同僚とカラオケに行ったり、USJに遊びに行くこともありましたが、友人と言えるほど親しくはならなかったそうです。

問題は、就職して3年目。久保木被告は病院内の障害者病棟に異動しています。障害者病棟では、患者の容体急変が度々ありましたが、急変時の処置や家族への説明が適切におこなえなかった。さらには、患者の死に直面することになります。

「自分の看護が行き届いておらず、自分のせいで患者が死んだのではないか」――被告は次第にこう思い悩むようになり、抑うつ気分、不安、不眠などが出現し、仕事を休みがちに。2014年4月にうつ病と診断され、その後休職しています。

恐らくここが、統合失調症における「屈曲点」です。

つまり、久保木被告がうつ病での通院を開始した頃、統合失調症の最初のプロセスに入っていたと考えられます。うつ病と統合失調症はそれぞれ別の疾患ですが、統合失調症の前駆症状として、うつ病やうつ状態が見られることは稀ではありません。精神医学の世界では「若年者ではうつ病のように見えても、統合失調症を疑え」と教わります。

うつ病を発症してから、久保木被告の精神状態、社会適応度は明らかに変化しました。

久保木被告は、もともと出会い系サイトを利用することがありましたが、障害者病棟に異動になってからは利用が特に頻繁になった。出会い系で出会った男性とはその場限りのお付き合いをすることが多く、自暴自棄になっていたようです。

また、抑うつ気分と不安感に加えて、思考・行動の抑制、集中力の障害がみられるように。調子の悪さや朝の辛さを自覚するようになり、結局、仕事を続けられる状態ではなくなりました。2015年4月、系列の診療所を退職します。

きっかけは「遺族に怒られて」

2015年5月8日、旧大口病院に採用されて勤務を開始。配属されたのは、終末期医療を専門とする4階病棟だった。多くの患者が会話に不自由であり、寝たきりのまま点滴につながれている状態だったという。

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