20080804BN00274トリミング

東京五輪 選手だけじゃない! 観客の熱中症が危ない

文・樫村修生(東京農業大学教授)

 2019年10月16日、IOCが東京オリンピックのマラソン・競歩を札幌に移しての開催も検討していると報じられました。2020年に東京で開催されるオリンピック・パラリンピックは、非常に厳しい熱中症との戦いになることが想定されています。東京のオリンピック期間中の最高気温の平均は32℃(ただし、近年更に上昇しています)。湿度は78%です。ブラジルで行なわれたリオデジャネイロ・オリンピックの場合、気温は26℃で湿度は85%でしたのでその厳しさは明白です。

 東京オリンピックで行なわれる33の競技のうち18が屋外での開催となります。熱中症は選手だけでなく、観客側にもリスクがあります。この原稿ではなぜ東京でのマラソン・競歩開催が再検討されたのか、どのような背景があるかを熱中症の観点から考えてみたいと思います。

 話を進める前に、重要な指標を紹介します。私たち研究者は気温だけでなく、熱中症の危険度を評価する指標としてWBGT「暑さ指数」という数値を重要視します。これは気温、湿度、輻射熱(ふくしやねつ)(地面や建物、人間の体から出る熱のこと)から導き出すものです。このWBGTが28℃を超えると外出時は炎天下を避けるレベル、31℃になると外出そのものを避けるべき数値で、特に高齢者の外出は厳禁、安静状態でも熱中症となる恐れがあると考えてください。

 気象庁のデータをもとにオリンピック期間中のWBGTの数値を計算したところ、32.9℃というとても高い数値が出ています。危険の目安とする28℃をはるかに超え、外出そのものを避けるべき状況です。運動でいえば31℃を超える場合は原則中止というレベルのものです。

 東京オリンピックのマラソンは、コース設定が熱中症の危険性を高めています。都心のコースのため極端に日陰が少ないのです。さらにビル群の間の道路のため風通しが悪く輻射熱が高いのも特徴です。

 対策として、競技の開始時刻を午前6時に繰り上げることを発表していましたが、それではリスクの完全な回避とはなりません(東京都はさらに開始時間を早め午前5時よりも前にすることを提案しているとも報道されています)。仮に6時スタートとするとその時点でWBGTは28℃、レースが進むにつれ数値は上昇し、レース後半には31℃を超える危険域に到達します。選手たちはこの環境で、2時間から2時間半にわたって競技を続けることになります(男子に比べて体力の低い女子選手ほど競技時間が長いのも忘れてはいけません)。

 過酷な状況が続いた上に、ゴール時間帯には気温は35℃を超えることも予想されます。さらにゴール直前の37キロ附近から始まる坂も問題です。この坂がドラマティックなレースを生むとする識者もいるようですが、選手の体力の観点から考えて、これほど危険なものはありません。今までのオリンピックでは考えられなかったような失速やリタイアの続出などの事態が起きても不思議はないのです。

 国や東京都などはこれまでも、暑さ対策をしていますが、中には的外れなものもありました。たとえば道路の熱を下げるとして「遮熱性舗装(しやねつせいほそう)」の整備が都心で進みました。しかし、我々のグループの研究によって、これは道路の熱は下げるものの、熱を吸収しないため地表の温度が逆に上がってしまうという結果が出ています。そのためか最近はその有用性を声高に主張しなくなってきました。

 2019年9月にカタールのドーハで行なわれた世界陸上のマラソン(女子)では、なんと4割の選手が暑さのため棄権しています。同地の気温は32.7℃、湿度は73.3%(WBGTは不明)ですから、東京ではより過酷な競技になる可能性もあるのです。

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