観月_修正

小説 「観月 KANGETSU」#7 麻生幾

第7話
塩屋の坂 (2)

★前回の話はこちら
※本連載は第7話です。最初から読む方はこちら。

「殺されてんどげなこと?」

 貴子は戸惑った。

「それがね──」

 七海は、送ってもらう車の中で涼から聞かされた事件のあらましを思い出しながら話を続けた。

「1時間ほど前、別府公園で、良子さんのご遺体が発見されたん!」

「……」

 驚いた表情を向ける貴子は何も言えない風だった。

「司法解剖せなはっきりとは断定でけんみたいなんやけんど、良子さんの首に、締められた痕があったんで、殺人事件らしいっち──」

「あんた、今日、涼さんと一緒に、隼人んお墓参りに行っちょったんじゃ……」

「そん帰りに、涼に連絡が入ったんちゃ。それで──」

「本当ん話なん?」

 ようやく事態を理解し始めた様子の貴子が言った。

「やけんさっきから説明しちょんやねえ!」

 七海は苛立った。

「むげねえごつ(本当にかわいそう)……良子さん……」

 呆然とした表情をして貴子はゆっくりと卓袱台(ちゃぶだい)の前に座った。

「それにしてん、良子さん、いったい誰に……」

 貴子が呟(つぶや)いた。

 ようやくコートを脱いで貴子の前に腰を落とした七海は、慌てて背後の柱時計を振り返った。

 東京へ出張に行った父が買ってきてからここに掲げられたこの柱時計は、今日も正確に時を刻んでいる。あの時、ここに設置しようと決めた父が、無理をして高い椅子の上に立ったもんだから、バランスを崩して床に腰を打ち付けて、笑いながら痛みに苦悶した光景が昨日のように思い出された。

「夕方んニュースでやるかもね」

 そう言って七海はテレビのリモコンを手にとった。

「ご葬儀、やっぱし行かなね……」

 リモコンを操作しながら七海がポツリと言った。

「そうね……それにしてん、知り合いが殺さるるって……」

 貴子が溜息をついた。

 七海は、ふと台所に向かって首を振った。

「いい匂い……お腹空いたぁ……」

 七海が小さく息を吐き出した。

「つい今し方、殺人事件やら、興奮しちょったんに、あんたって……」

 貴子は呆れた顔で七海を見つめて、さらに続けた。

「今夜は、涼さんと夕飯ぅ食べち帰るっち言うちょったけん、ちゃんとしたもんな作っちょらんちゃ。わしゃ、昨日ん残りん『だんご汁』をまーいっぺん(もう一度)、温めち頂くけん─」

「いいけん、いいけん」

 貴子の話を最後まで聞かず、七海は、リモコンを手放して立ち上がった。

「いい匂いんもたあ、なにかえ?」

 七海は台所に足を向け、コンロに乗っている鍋の蓋(ふた)を開けた。

「昨日ん椎茸雑煮ん残りもあるやねえ。これ頂くわ」

 ご満悦の表情を作った七海は、嬉々として食器棚からお椀を取ろうと手を伸ばした。

 ふと、そのことを思い出した七海はその手を引っ込め、貴子の元に駆け戻った。

 貴子は、リモコンを手にし、テレビに向けていた。

 七海は、貴子の前に正座して急いで訊いた。

「お母さん、こん隼人の命日、お墓、行った?」

「わしゃ、明日ちゃ。昨日、言うたやろ」

 貴子がテレビ画面から振り向かずに答えた。

「今日、隼人んお墓ん前でね、不思議なことがあったん」

 七海が言った。

「ふうん」

 テレビ画面から目を離さない貴子は、関心もなさそうに応えた。

「お墓ん前に、チョコレート箱が置かれちょったん。それも、和光製菓の、あんミルクチョコレートん箱が……」

 七海のその言葉で、貴子はゆっくりと七海を振り返った。

「すらごと(嘘)やろう……」

 貴子はぎこちない笑顔を七海に投げかけた。

「忘るるはずもねえわ。隼人がしんけん(すごく)好いちょった、あんチョコレート箱……。それも新品やったん……」

「新品……」

 貴子はその意味に気がついた風だった。

「少ねえでん(少なくとも)、一昨日か、昨日か、誰かが置いたんちゃ」

 七海が語気強く言った。

「誰か? 誰んこと言いよんの?」

 呆気にとられた風の表情をして貴子が訊いた。

「隼人があんチョコレートを好いちょったこと知っちょんのは……」

 七海が言い淀んだ。

「誰かが間違えち置いたんやねえん」

 貴子は、真剣に取り合わない風に笑ってから、

「これね」

 と言って、番組表からニュース番組を見つけると視聴するための操作をした。

「アホなこと言うちょらんで、早うご飯にしたら? お腹空いちょんのやろ」

 貴子のその言葉に、七海が応えようとした時、スマートフォンが鳴った。

 電話の主は涼だった。

(続く)
★第8話を読む。

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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