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日本がリープフロッグするための条件/野口悠紀雄

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※本連載は第47回です。最初から読む方はこちら。

 リープフロッグのためには、新しいビジネスモデルが必要です。これは政府の指導や補助金で実現できることではありません。専門家や経営者が組織間を流動することが必要です。コロナを、こうした大きな社会改革を実現するためのきっかけとなしうるでしょう。

専門家が育たない日本の組織

 前回述べた日本型組織は、新しい技術の導入に対してネガティブな効果をもたらしています。

 日本の組織における賃金序列は、職務上の序列を反映しています。入社直後の20~24歳では、賃金にほとんど差がありません。30歳をすぎるころから選別の結果が賃金に反映されるようになり、高賃金者の賃金が高い伸び率で上昇していきます。それは50歳ごろで頭打ちになります。

 他方、60歳代になると、高賃金者以外の者の賃金が下落します。さらに、65歳になると、高賃金者の賃金がもう一段上がります。これは、経営幹部への昇進を反映するものでしょう。

 これは、幹部候補生について、徐々に選別が行われていく状況を示しています。

 つまり、入社後、年齢の経過とともに組織の序列を上がり、権限も増大してゆく。そして、勝ち残った者が、組織の方向づけに影響を与える経営者となるのです。

 これは、組織の柔軟性という観点から見て、大きな問題です。

 さらに、前回述べたように、組織間の流動性が極端に低いのです。

 こうした条件下では、専門家が生まれず、ジェネラリストが優越します。

 経営者について、特にそれが顕著です。組織のトップは、その組織についての専門家であり、どこでも通用する専門家ではありません。

 そもそも日本では、経営が専門的職業だという認識すらありません。日本企業のトップにいるのは、組織の階段を上り詰めた人であり、組織を掌握できると評価された人々なのです。

日本の経営者は専門家でなく、内部で昇進した人

 こうした体制は、技術や条件が安定的ならさして大きな問題ではありません。

 しかし、変化に対応できないのが問題です。変化に対応するには、専門家や経営者が組織間を移動し、経営者が方向をリードする必要があります。

 リーダーの資質は大変重要です。とくに、新しい技術体系がいかなる特性をもっているのかを理解することが重要です。しかし、日本では、デジタル化について理解がある経営者が少ないのです。

 本来であれば、デジタル化に関する知識は、専門家としての経営者にとって必須の知識のはずです。しかし、日本では、必ずしも必要なこととは考えられていません。

 例えば、経団連の会長室には、中西宏明会長の前まではPCが置かれていなかったといいます。つまり、それまでの経団連会長は、PCなどは使わなかった人たちだったのです。

 こうした状況でリーダーが組織のデジタル化を指導できるはずはありません。

 ITのシステムについて専門的知識を持っていないので、ベンダーに丸投げになります。新しいシステムを入れるのでなく、従来のシステムを維持し続けます。日本でレガシーシステムが残ってしまう大きな原因がここにあります。

組織を超えた人材の流動が実現できるか?

 いま求められているのは、デジタル化の問題だけではなく、日本型組織の基本に関わる問題です。

 これが解決されるためには、つぎの2つが必要です。

 第1に、組織間の人材の流動性が実現されなければなりません。専門家が必要に応じて組織間を移動できるような労働市場が形成されなければなりません。

 第2は、経営者が組織間を移動することです。アメリカでは経営者は専門的な職業であると考えられています。したがって、経営者が組織間を移動することは頻繁に行われています。

 経営危機に陥ったIBMを救うために、ルイス・ガースナーが全く畑違いの企業であるナビスコからIBMのCEOに招かれてIBMを再建したことは、よく知られています。

 ところが、日本の場合には、経営者は経営を行う専門家ではなく、その組織の中で出世の階段を最後まで登ってきた人なのです。したがって、組織の形態そのものを大きく変えるということには手を付けません。

コロナは改革のためのチャンス

 では、このような状況を変革するには、どうしたらよいでしょうか?

 まず必要なのは、国民が事態の遅れに気付き、現状を変えなければならないと考え、新しいシステムを望むことです。

 このために、コロナは絶好のチャンスとなりました。

 コロナを巡る日本政府の対応の遅れが暴露されてしまったからです。これについては、「リープフロッグでしか対処できない日本の凋落」で述べました。

 在宅勤務が可能になったにもかかわらず、印鑑を押すために出社しなければならないといった事態も起こりました。様々な申請のために、混雑する窓口に出かけなければならないことにもなりました。

 こうしたことに対する国民の不満が爆発したのです。

 これによって多くの人が、事態の緊急性をはっきりと認識しました。

 日本の生産性が低いことは、これまでも様々な機会に言及されていたのですが、具体的に何が問題なのかは分かりませんでした。いま生産性の低さの原因を、はっきり目に見える形で示されたのです。

 コロナで明らかになったデジタル化の遅れを取り戻すためには、日本社会の基本にかかわる部分で、大きな変革が実現しなければなりません。

 人々が日本のシステムの立ち後れを認識するようになったのは、大変重要なことです。こうした声に押されて、政府も脱ハンコや行政のオンライン化に取り組まざるを得なくなっています。

 その反面で、在宅勤務が一時は導入されたものの、元に戻るような事例も見られます。こうした場合には、従業員が経営者に考え方を改めることを求めて働きかけるべきでしょう。

政府に依存しない

 これまで述べてきたように、リープフロッグは、遅れているからといって自動的に起こることではありません。

 リープフロッグするためには、新しい技術が登場し、それを用いる新しいビジネスモデルが開発されることが必要です。

 この場合のビジネスモデルは、その国に合ったものでなければならず、それが新しく創出されなければなりません。

 キャッチアップ型の経済成長においては、先進国というモデルが存在️するために、ビジネスモデルはすでに存在しているのです。

 そのため、政府がリーダーシップを持ってそれを実現するのが効率的な方法なのですが、リープフロッグの場合には、そういうわけにはいきません。

 政府は、新しいビジネスモデルの開発は不得手です。これは、民間の組織が行なうしか方法はありません。

 政府が新しい活動に補助を出すべきだと言われます。しかし、そのようなことによってリープフロッグが起きるわけではありません。

 これまでの多くのリープフロッグは、政府の力によってではなく、民間組織の創造的な活動によって実現したのです。

「今の日本の遅れを取り戻すために政府は何をすべきでしょうか?」と言う質問をよく受けます。私はこの質問自体に、現在の日本人のメンタリティが現われていると思います。

 つまり、改革をリードするのは政府の役割であるという考え方です。

 これはキャッチアップ型の経済成長の場合です。日本はかつてそれによって成功したので、こうした考えが人々の頭に染み付いてしまったのでしょう。しかし、リープフロッグは、このような思考法を変えない限り、実現できません。

世界に向かって開いた社会を作る

 コロナによって新しい経済活動が行われるようになってきています。

 そのような変化に積極的に対応できる企業と人々がこれからの社会において存続し、対応できなかった古い組織が衰退していくでしょう。

 新陳代謝がこれまでよりははるかに速いスピードで進行するでしょう。

 こうした中で、世界に向かって開いたオープンな社会を作ることが必要です。これは、特に日本にとっては難しいことですが、これについても、コロナによって生じた変化がきっかけになる可能性があります。

 例えば、テレビ会議によって会議を開けるようになったことは、国と国の距離がなくなったことを意味します。

 世界はいま、新しい方向に向かって急速に変りつつあります。

(連載第47回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。


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