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菅総理にダム政策で花を持たせた国交省技監が前代未聞の定年延長へ|森功

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※本連載は第17回です。最初から読む方はこちら。  

 菅義偉政権が誕生してはや2カ月、この間、米大統領選で民主党のジョー・バイデンが共和党のドナルド・トランプに勝利し、世界の目が集まった。安倍晋三前政権からの継承を謳う菅新内閣にとってはトランプのほうが何かと好都合だっただろう。昨年、「菅官房長官・ペンス副大統領会談」をセットした駐米国大使館の市川恵一が外務省の北米局長に就任し、トランプ再選を前提に動いてきたのに、菅としても目算が外れた感が否めない。もっとも、もともと菅自身、対米外交は外務省任せだけにあまり深刻にとらえていないかもしれない。

 むしろ目下、現首相の関心事はみずから提唱してきた国内政治にある。菅はそのために内閣人事局を使い、官僚たちの人事を操ってきた。やや旧聞に属するが、菅が8月の自民党総裁選前から自らの実績として誇ってきたダムの治水政策もその一つといえる。

 治水ダムを所管する国交省の菅系官僚といえば、首相補佐官の和泉洋人が真っ先に思い浮かぶ。和泉は元住宅局長の住宅建設技官でありながら、港湾局や道路局、鉄道局にいたる省内全般に影響力があるといわれる。ダム建設を担ってきた国交省主流派の河川局にも目を配ってきた。

 この菅・和泉人事で注目されているのが、技監の山田邦博(62)の去就だ。愛知県立旭丘高から東大工学部に進んで大学院(土木工学専攻)を修了し、1984年4月に旧建設省入りした。省内ではもっぱら河川畑を歩み、第二次安倍政権で国土交通省近畿地方整備局長を経て16年6月に国土交通省水管理・国土保全局長に就任。18年7月に内閣官房副長官補付の内閣官房内閣審議官として官邸入りした。国土強靭化推進室次長を務めてきた官邸官僚の1人だ。昨年7月には、国交省における技術系官僚トップの技監に就任した。

 もともと旧建設省では、東大法学部卒業の事務官と工学部卒業の技官が事務次官に昇りつめる慣例があり、今もその名残がある。だが、旧運輸省と合併して以降、運輸官僚の事務次官候補がそこに加わり、国交省の次官レースはやや複雑化した。河川局は道路局と並ぶ旧建設官僚の本流ではある。が、事務次官レースでは事務官が優先され、技官は外されがちになってきた。河川局の技官である山田はすでに次官級の技監に昇進しており、そのまま今年度末の2021年3月に次官定年の62歳で退官するものと思われてきた。
ところが、そこから一転、定年延長説が取り沙汰されている。国交省OBが次のように解説してくれた。

「その理由が、菅総理の掲げた例のダムの多目的利用政策です。過去、河川局の治水ダムで水害を防いできたが、近年の台風被害ではそれだけでは足りない。それで、経産省所管の電力ダムと農水省所管の灌漑用ダムを治水にも利用しようとしているわけです。その提案者が山田ということになっています。これに菅現総理が飛びつき、あたかも自ら考えた政策であるかのように華々しく掲げているわけです」

 従来は国交省、経産省、農水省の3省が互いに権益を譲らず、一見、これこそ縦割り行政の典型的な弊害のように思える。「既得権益」「縦割り行政」「悪しき前例主義」という3つの打破をぶち上げている菅にとって、わかりやすいかっこうの行政改革のようだ。

 菅は官房長官時代からこの政策を考案したとされる山田に目をかけ、重用してきた。で、首相になったいま、来年3月の定年を延長し、7月の定期人事で事務次官に昇格させようとしているのではないか、と取り沙汰されているのである。もっとも先の国交省OBはこうも言った。

「山田はたしかに河川のスペシャリストですが、実際これはそんなに複雑な話ではなく、山田でなくとも考えてきた政策です。というより、経産省や農水省が反対しているわけでもなく、縦割り行政の弊害などではありません。もともと電力用ダムや灌漑用ダムが治水に使えなかったのは目的外利用になるから。水害対策のためにダムの水を事前放流し、水量が減ると電力発電に差し支えたり、農作物の灌漑が滞ったりするケースを恐れてきたからです」

 それが、昨今の気象予報の発達により、雨量が正確につかめるようになった。したがってダムの適切な放流が可能になり、電力ダムや灌漑ダムであっても治水に利用できるとわかってきたのだという。国交省OBがこう言葉を加えた。

「だから経産省も、農水省も初めから反対などしていいませんし、その理由もない。建設時の目的外利用ということになるので、そこをクリヤーすればいいだけであり、むしろ国交省から提案してくれると助かる、と歓迎しているのです」

 あとはどの政治家に政策を授けるか。菅総理に恩を売る絶好の政策であり、結果、国交省が菅に花を持たせ、本人があたかも独自政策であるかのようにアピールしてきたという次第なのである。

 つまるところ、その論功行賞により山田の定年延長という話。文系の事務官の定年延長はしばしばあるが、技術系の技監のそれは前代未聞だという。もとより霞が関の悪しき慣習を破る人事であればそこに異論はない。しかし、そこにはやはり恣意的な人事だと評判が立ち、省内に新たな軋みが生まれつつあるという。

(第17回 文中敬称略)
★第18回を読む。

■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。

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