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【イベントレポート】 文藝春秋カンファレンス 人材不足の解消と生産性向上 建設業の2024年問題 - 決意の「長時間労働是正」 -

2019年以降「働き方改革関連法」の施行に基づく「時間外労働の上限規制」により、様々な産業で労働環境の整備や条件の改善が進展した。一方で、適用まで5年間の猶予が与えられている建設業界では、改善への動きが加速してはいるものの長時間労働と休日労働からの脱却が不完全な状態が続いており、猶予期間が終わる2024年4月1日に向け、環境整備が急務となっている。

なぜ、改善がなかなか進まないのか。その背景を紐解くと、まず一つ目に「深刻な人材不足」が挙げられる。担い手の高齢化に伴い、建設技能労働者の大量退職も控えており、既存の人材に長時間労働という負荷が重くのしかかっている。また、二つ目として職場環境の課題も存在し、夏場や冬場など気候に左右される部分が多く体調面でのケアも不可欠となっている。

こうした中、AIやRPA (Robotic Process Automation)、情報共有システムなどのデジタルツールを活用することで業務の効率化、生産性の向上を実現していく動きも加速している。また、国土交通省が先導する形で、2025年までに建設現場の生産性を2割向上させることを目指す「i-Construction」や「BIM/CIMの原則適用」、基調講演に登壇する蟹澤教授が座長を務めた、技能者の就業状況等を容易に確認できる「建設キャリアアップシステム(CCUS)」の整備など、「2024年問題」を克服するためのチャレンジが進行している。

本カンファレンスでは、「建設業の2024年問題-決意の「長時間労働是正」-をテーマにアカデミック視点、当事者視点そしてプロフェッショナルの視点から、「建設業界の未来」について考察する。

■基調講演

建設現場を根本から変える-働き方改革の現在地
~ 人材不足の解消、担い手の育成、生産性向上に向けた仕組みづくり ~

芝浦工大①

芝浦工業大学 建築学部 建築学科教授
蟹澤 宏剛氏
専門分野:建築生産システム、構工法計画(主に木造建築)。1995年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了 博士(工学)。ものつくり大学建設技能工芸学科専任講師、関東学院大学工学部建築学科非常勤講師(建築構法)、芝浦工業大学工学部建築工学科助教中、同准教授を経て、2009年より現職。

「建設業の2024年問題」は主に以下の2点に依る。①20年4月改正労働基準法施行(中小企業)、建設業は24年4月施行。②24年3月CCUS※就業日数経過措置終了。
※CCUS(Construction Career Up System)=技能者一人ひとりの就業実績や資格を登録し、技能の公正な評価や工事の品質向上、現場作業の効率化などにつなげる、一般財団法人建設業振興基金が運営するシステム

蟹澤氏は冒頭、自身で行った建設技能労働者全体のコーホート分析(世代・集団別の動向分析)を示した。2000年代に入り建設技能労働者数の推移は右肩下がり。2005年~10年の急激な減少に対しての国土交通省他の対策、震災復興事業などにより15年以降はやや下げ止まりの傾向が見られるものの、現状で既に60歳以上が約3割と高齢化が進んでいる。60年には建設技能労働者数は現在の半数になると予測する。

日本の将来推計人口では、15~64歳の労働力人口は20年後の2042年にはマイナス1508万人で6000万人を切る、と試算している。建設業は労働力人口の約7.4%であり、42年にはマイナス112万人という計算になる。日本の労働力人口の減少は自然減であり建設業界の努力ではいかんともしがたく、政府や建設業界では特定技能外国人など外国人材の受け入れ体制を整備してきた。しかし、ベトナムを初めとするアジア各国でもBIM※化が進み、海外の労働賃金水準が上昇していることや円安の影響などから来日する外国人は今後減ると予想される。なお、日本での滞在延長を希望する海外実習生の割合も減っている(蟹澤氏研究室の18年の調査では2年間の延長希望者は全体の46%)。

※BIM=Building Information Modeling。CIM=Construction Information Modeling。
企画や施工段階からコンピューター上に現実と同じ建物の立体モデル=BIMモデルを構築し、工数や無駄を省き効率的に建築を進める手法。3次元モデルの活用で、後に続く施工・維持管理段階での業務まで再現することで課題・トラブルを未然に解決する。

建設業の担い手確保が困難な理由として、“3K”など業界のイメージが悪い/求人情報が見えない/休日が少ない割に給料が低く、賞与情報も不明確/研修・教育システムや将来の目標が見えない、などがある。3Kの言い換えなどより、外で一生懸命働くことの魅力をもっと伝える必要があるのではないか。

働き方改革関連法の猶予期間が終わる「2024年問題」の解決にあたっては、働き方改革とともに生産性の向上が必須だ。

労働生産性 (3)

労働生産性(経済学的な生産性)=付加価値額÷労働者数(×労働時間)。

生産性 (3)

生産性(歩掛)=作業数量÷労働者数×労働時間

生産性 (3)

生産性(稼働率)=実際に作業していた時間※÷所定の労働時間

生産性の向上≒稼働率と歩掛の向上(工学的生産性)である。稼働率・歩掛が落ちる要因は、細分化しすぎた職種・工程/直列工程の前提/1日単位を原則とした工程計画・管理/不確定要素の多さ/標準化不足/情報伝達の難しさ/請負を前提としたシステム/重層化した下請構造、などにある。

これらの要因は、建設業の慣習・固定観念・環境条件であるわけだが、今後は、分業は果たして合理的なのか/請負に時間概念は必要ないのか/工期遵守は絶対条件なのか/請負リスクは施工側が一方的に追うのか/安ければ安いほどよいのか/法令遵守を「競争」の前提条件としないのか、といったことを再考し、意識改革をし、ICT(情報通信技術)導入で問題解決を行っていく必要がある。

芝浦工大②

ICT導入と自働化・機械化の目的の一つは、省力化・省人化。苦役や低労働生産性役務の解消/ムリ・ムダの解消/距離や時差の解消などだ。従来からの工場での事前組み立てに加え、現場での自動搬送、ロボットの活用などが始まっている。もう一つは、可視化・フィードバック。情報やノウハウの共有・連携・蓄積・利活用/情報の真正性・同一性の確保など。顔認証カメラによる入退場管理や、画像のAI解析による現場管理、携帯端末アプリによる作業指示などが実現している。

先述の生産性向上の3つの指標について、大切なのは分子の部分を最大化し、分母の部分を最小化=人の能力向上(と時間の削減)を実現することだ。教育訓練を行い人間に投資し、魅力的な将来像、キャリアアップ像を示して入職者を増やし離職者を減らす。シニア世代のノウハウ継承を、情報化して会社レベル、業界レベルで確実に行うこと。こうしたことに建設業界全体で取り組む必要がある。最後にこう語って講演を終えた。

■課題解決講座

クラウドストレージでここまで変わる!建設現場の超生産性向上な働き方

Dropbox様

Dropbox Japan株式会社
パートナー営業本部 パートナーセールスチーム パートナーセールスマネージャー
矢作 一樹氏

パソコンと変わらない操作画面で、常に最新のデータをクラウド上に同期し、様々な作業者の“多様な働き方”をサポートする「Dropbox」。矢作氏が営業を担当する建設業界では、実際に以下のような働き方改革=課題解決と生産性向上を、クラウドストレージを利用して実現している、と実例紹介から始めた。

・ベテランのナレッジや過去の事例をアーカイブし、必要としている若手がいつでもどこでも手に入れられるように共有しておく。バックアップや故障、災害や盗難によるデータ消失といった心配がなくなり、コア業務に集中。
・モバイルPCやiPadなどのスマートデバイスから随時Dropboxへアクセスできるため、いつでも最新のデータを持ち、紙媒体の印刷枚数も削減。情報共有+全文検索ですぐに必要な資料を見つけられるため、重複の資料作成がなくなる。

クラウドストレージによる時間やコストの削減は、一日一人あたりではたとえ5分~10分の短縮であっても、関わる人数が多いと削減効果は大きい。待機・移動時間、データを探し、メールを書いて送り、解凍する時間など含めた小さい数字の削減積み上げが、会社としての生産性向上、コスト削減につながる

Dropboxにデータを集約すれば離れている現場と現場がつながり、他の現場で起きてしまった事故やそのKY(危険予知)の共有、施工方法、写真などの共有、人の移動や管理も、従来のNAS(Network Attached Storage=ネットワークに接続された記憶装置)ではできなかったスムーズかつスピーディな情報共有が可能になる。

Dropbox様2

Dropboxの利用価値として、以下の5点が挙げられます
(1)従来から使われていたNASの操作感とスピード感でクラウドを利用できるので、いつでもどこでも最新のデータにアクセスできる
(2)190種類以上のファイル形式を直接プレビューできる。業務アプリはもちろん、とくに建設業界でよく使われるアプリとの連携が充実している。
(3)パスワード設定やファイル参照可能な期限の設定、DL可否など、ファイルにアクセスできる条件を細かく設定できるため、セキュリティに考慮した共有が簡単にできる
(4)必要に応じてAD(Active Directory)連携やユーザーグループ作成により、アカウント管理や認証関連の設定が容易にできる。
(5)BCP対策に効果を発揮。NAS利用の際に発生しがちな盗難、故障、揚力不足等のリスクが回避可能、急なテレワーク実施にも対応。さらに、万が一削除や変更されたファイルは、180日以内に簡単に復元できる。NASの盗難、故障、容量不足のリスクも回避でき、NASのバックアップにもなる

他社のクラウドストレージとは一線を画すDropboxならではの2つの特徴としては、ファイルサーバーやNASと同じ見た目=WindowsのExplorerで使用可能/ファイルサーバーやNASと同等のアクセス権が付与できる、がある。また、動作が高速で、多様で簡便な外部共有機能を持つ(特定の大容量フォルダやファイルを共有、閲覧、編集ができ、外部へ安全に送付できる/異なる場所のファイルをまとめて安全に送付できる)といったメリットもある。

Dropboxはチームでファイル共有して共同作業をしても最新のバージョンでつねに作業を進めることができる機能やセキュリティ対策、コンプライアンス機能にも優れる。以上挙げてきたような、クラウドストレージ導入による一つひとつの作業の効率化・改善が会社全体の大幅な生産性向上やコスト削減につながる、と再度強調して講演を締めくくった。


■特別講演

戸田建設が考える、未来の建設業

大谷さま笑顔

戸田建設株式会社 代表取締役社長
大谷 清介氏
1982年3月北海道大学工学部建築工学科(現在の環境社会工学科建築都市コース)卒業、同年4月戸田建設入社。一貫して東京支店建築工事部で経験を積み、建築施工の第一線に携わる。作業所長として大丸有地区(大手町・丸の内・有楽町)の大型プロジェクトを数多く手掛けた後、千葉支店長、関東支店長、管理本部執務などを歴任。2021年4月より現職。

フリーアナウンサー 内田 まさみ氏がインタビュアーとして問いかけ、それを受け大谷氏が考え、思いを答える形で進行した。以下は大谷氏の発言要旨。

「便利な暮らしと経済活動を実現するための交通インフラや生活インフラ、治山治水には土木工事が必要で、学校、病院、オフィス、美術館、スポーツアリーナといった施設をつくるには建築工事が必要で、いずれも決してなくなるものではない。古くなった物の維持・更新も必要だ。ただし、昨今は脱炭素化や労働力不足、資材価格の高騰といった変化に対応しながら各事業を進めていかなければならない。変わらない部分と、変化する部分に的確に対応していくことが建設業の役割。その中で『戸田建設の使命』としては、お客様の満足のために、誇りある仕事のために、人と地球の未来のために“喜び”を実現する企業グループであり、サステナブルなより良い未来をつくる企業グループであることをミッションとしている」

「建設業界全体における人材不足は非常に深刻。また、施工管理や営業、設計も含めたゼネコンの人材も不足している。その人材不足の解消方法については、3Kと言われる“汚い、きつい、危険”というこれまでのイメージを払拭し、新3K “給料が高く、休暇がとれ、希望がある”とする改革、生産性向上活動を官民一体で進めている。当社では、フロントローディング、部材のプレキャスト化、Dropboxなど様々なITツールの活用、BIM化などを推進している。また、企業の魅力化のために、ブランディング活動、労働時間の短縮、女性活躍なども推進している。また、生産性向上と労働時間短縮を目指すために、当社の非財務指標の目標値(KPI)の一つに、『時間当たり労働生産性』という指標を新たに設けて、新中期経営計画の目標値として開示した。

(1)従業員満足度

「昨年秋に約4000人の従業員に対して、満足度調査を実施した。達成感・公平感・連帯感をテーマとして、37問の質問を投げかけ各質問に5段階で理想とする数値と現実の数値を回答してもらった。各組織はその結果を受けて、自部門の課題を抽出して改善施策を考え実施して従業員エンゲージメントを高めるようにする。その中で、達成感に関する質問では、どの年代、部署においてもギャップが非常に少ない結果が出た。『達成感を感じる仕事である』、ここを戸田建設の価値観として伸ばしていかなければならないと判断した」

(2)施策のポイント

「満足度調査では全体傾向として、登用・人事評価における公平感の欠如という点が把握できた。部門間比較では、外勤部門においてワークライフバランスの欠如と長時間労働を、管理部門においてはノウハウの共有不足、コミュニケーションの欠如といった課題が把握できた。いずれも的確な対策を講じ改善していく。また、『戸田建設を友人や知人にどの程度おすすめしたいか』と最後の設問で問うた結果、20~30歳代の比較的若い年代でロイヤルティが低い傾向があった。若手に対する施策として、労働時間の削減と同時に、社員一人ひとりが成長を実感できることが重要であるとして今期の経営方針に明記した。さらに、自分の仕事が好きになれていない、この仕事で一生やっていくという覚悟ができていない……これは仕事をしていても非常に不幸なことなので、価値観の再構築を行い、資格取得を最優先に行うことなどへ誘導する」

「創業150周年の年=2031年に戸田建設がどのような企業として存続できるのか?を主題に40歳代、課長クラスの社員に未来ビジョンを描いてもらった。価値の源泉にアクセスし、「より近い場所で生活者のニーズを収集・翻訳する。表面化していない本質的な課題を捉え真の目的を作り出す。生活者と企業、企業と企業をつなぐ架け橋となることで、社会全体にネットワークを構築する──。このような他の業種にはできない社会に寄り添うという活動ができる、これこそが『ゲートキーパー』で、戸田建設はこのゲートキーパーの第一人者になることができる」

(3)概念体系

「顧客に寄り添い、情報や機能のこれまでにない組み合わせを実現し、新たな価値を創造する『価値のゲートキーパー』として人々が協調・協働し、新しい価値が創出される好循環を生み、幸福感やサステナビリティが実現された社会である『協創社会を実現する』。これらが戸田建設グループの使命だ。パートナーとのアグリゲーション(協業)を通じて、新たな価値を創造することを、戸田建設がゲートキーパーとして担っていく」

(4)ゲートキーパー

(5)事業展開

「その事業展開の方向性が、Smart Innovation領域、環境・エネルギー領域、ビジネス&ライフサポート領域、都市・社会インフラ領域。現在当社が進めている、新TODAビルの建設におけるスマートオフィスの実現、様々なイノベーションの展開と、環境・エネルギー領域にもかかわってくる長崎県五島市沖の海域での浮体式洋上風力発電ウィンドファームの建設・運営は、どちらも24年にこの通過点として取り組んでいる」

(6)ブランドスローガン

「戸田建設は今年、「Build the Culture. 人がつくる。人でつくる。」という新たなブランドスローガンを策定した。「Build the Culture.」というブランドスローガンには、建物や構造物をつくるだけでなく、そういった領域での未来のさまざまな人の営み、新たな協創社会、つまり「Culture」を造っていきたい。変化の激しい時代だからこそ、戸田建設が変化を造る。未来が読めない時代だからこそ戸田建設が未来を造るという気持ちを込めている。また、戸田建設では以前から、「人がつくる。人でつくる。」といった私も大好きなスローガンのもと、社員一人ひとりの強い使命感とともに、ステークホルダーの方々の想いと真摯に向き合う姿勢を表してきた」

対談風景

「デジタル,ICTの世界とは言え、ロボティクス,AIの時代だからこそ、この2つのスローガンを合わせることで、暮らしや社会のあり方の急激な変化の中においても、人々に満足や安心を提供していくことをより重要な責務と捉え、これまで以上に「人」に配慮した企業姿勢を打ち出している。戸田建設では、未来ビジョンCX150の実現を通じて、すべてのステークホルダーに対して真に認められる価値を提供していきたい」

2022年6月30日(木) オンラインにて開催・配信


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