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品切れ続出「生ジョッキ缶」を生み出した“泡へのこだわり”と“逆転の発想”

今年4月にアサヒビールから発売された「生ジョッキ缶」。上蓋を全てオープンすると、まるでお店で飲む生ジョッキのように泡がモコモコと立ち上がる——。その見た目からSNSでも広く拡散され、先行発売から2日後には、販売量が想定を上回ったことで出荷停止を発表する事態となった(6月15日より数量限定で再発売)。

ありそうでなかったこの商品は、いかにして生みだされたのか。商品企画を担当した中島健さんに話を聞いた。

中島さん生ジョッキ写真 (1)

中島さん

——今回の商品は何よりもまず、蓋を全て取り外して〝フルオープン〟にしてしまうという発想に驚かされました。缶ビールの歴史上、フルオープンタイプの商品はこれまでに存在したのでしょうか。

弊社では1984年に、『キャンボーイ300』という商品を発売したという経緯があるんです。当時は蓋が全て取り外せるものの、開封後に泡が立つ仕様ではありませんでした。同時期に、他のビール会社からも同じようなフルオープンタイプの商品がいくつか発売されていたようです。

01-106-02_「キャンボーイ300」新発売時のポスター

——全然知りませんでした。当時は話題にならず?

ちゃんと盛り上がったのかどうか……私の入社前のことなので記事で読んだレベルなのですが、発売の翌年にはほとんど市場には残っていなかったみたいですね。いずれにせよ、缶ビールの歴史を変えるような商品にはならなかったようです。

実はその後も弊社で、フルオープンタイプの缶ビールの企画が持ち上がったことがあります。研究開発サイドで容器を開発する部隊があるのですが、製缶メーカーさんとの協働でフルオープンの資材を作っていて。「こういう資材があるんですけど、商品化のアイデアはありませんか?」と、我々企画部隊のほうに話が降りてきた。それが2012年頃だったでしょうか。

その時は『キャンボーイ300』の歴史は全く知らなかったんですけど、資材を見て「これ、面白いんじゃないかな」と直感的に思いました。日本酒で『カップ酒』ってあるじゃないですか。日本酒でのフルオープンは世の中に定着しているので、ビールでもやってみたらお客様は喜んでくださるんじゃないかなと。「是非やってみようよ!」ということで、缶の中にビールを詰めて実際の反応を調べてみたんです。当時も、泡が立つ仕様ではありませんでした。

私自身は2004年入社。若手の頃はスーパーやコンビニに対する営業を担当していて、2010年に現在のマーケティング部に異動しました。異動したてでの企画開発だったので、フルオープン缶についてはとにかく期待感、ワクワク感でいっぱいだったのがすごく記憶に残っています。

結論から言うと、当時の試作品は、お客様に全く喜んでいただけませんでした。「これ新商品なんです。是非開けてみてください」と商品を渡して、皆さん、蓋を開けた瞬間は「あっ、全部開くんだ!」と驚いてくださる。ただ、その後の反応がなんというか、〝固まる〟んですよね。「うーん、なるほどー……」で、黙りこまれてしまう。

インタビューを進めていって分かったんですが、多くの方はビールについて「泡と液体が7:3」というイメージを強く持っていらっしゃるんですね。普通の缶ビールは飲み口が小さいので中身が見えない。だから皆さん、知らず知らずのうちに頭の中で「7:3」を想像して飲んでいらっしゃると思うんです。グラスに注いでから飲まれる場合は、泡はすぐに消えちゃいますが、それでも最初に泡を楽しんでから飲んでいる。

ところがフルオープン缶を開けてみると、泡はなくて、ただ金色の液体が中に入っているだけ。それを上から覗き込んでいるという、かなりシュールな画になっちゃうんです。「缶ビールの中身ってこんなんなんだ?」と。あの時に思ったのが、泡がないビールって理解されないんだ、ということです。

——その後、企画はどうなったのでしょう。

「蓋が全部開くのはすごいけど、なんか美味しそうじゃないですね」「思ってたのと違う」というご意見がやっぱり多くて、なんか「ダメだな……」と思っちゃったんですよね(笑)。研究所や上司にお客様の反応を報告して、その段階では開発はいったん中止となりました。

——でも、そこから「じゃあ泡が出るフルオープン缶を作ろう」という発想にはならなかったんでしょうか?

正直なところ……全くなりませんでした(笑)。「泡が出ないと、お客様のイメージを実現できないんだなぁ」と感じたことはすごく記憶に残っているんですけど、「じゃあ、缶で泡を出そう」という発想には至りませんでした。「お客様、全然驚かれていなかったなぁ」で終わってしまっています。

★新パッケージ

生ジョッキ缶

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