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インターネットの基本的なビジネスモデル/野口悠紀雄

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※本連載は第39回です。最初から読む方はこちら

 インターネットの時代に中国がリープフロッグしたのは、固定電話に束縛されていなかったからです。ただし、これは完全な説明ではありません。なぜなら、技術そのものがいかに優れていても、それを用いて収益を得る方法を確立しなければ、社会で広く使われることにはならず、リープフロッグは起きないからです。インターネットの基本的なビジネスモデルを切り開いたのは、グーグルでした。

◆新しい技術が使われるには、ビジネスモデルが必要

 ラジオが情報に関する新しいビジネスモデルを作ったと、前回述べました。
 
「情報は無料で提供し、広告収入によって費用を回収する」という方法です。

 これによって、無線という技術を用いて事業を行い、利益を得ることが可能になりました。

 それまでは、船舶との連絡や軍事目的にしか使えなかった無線技術が、「ラジオ放送」という巨大な産業の誕生を可能にしたのです。

 テレビが登場したとき、このビジネスモデルがうまく機能することは、すでに分かっていました。そこで、民間のテレビ局は、最初からこの方式を用いました。

 このビジネスモデルを採用した結果、テレビの視聴者はほぼ全国民に広がり、従来の印刷物メディアをリープフロッグして、中心的なマスメディアとしての地位を獲得することができたのです。

 仮に料金徴収方式を採用していたなら、民間テレビ放送がこれほど成長したとは思えません。

 前回述べたように、新聞や雑誌でも広告収入はありました。しかし、ラジオやテレビは、「主要なサービスを無料で提供している」という点が重要なのです。それによって視聴者を拡大することができます。

 ここで「無料のビジネスモデル」について、若干の注意が必要です。

 クリス・アンダーソンは、『フリー』(NHK出版)で、フルーツゼリーを「フリーモデル」の例として挙げています。缶詰の商品にしたが、一向に売れない。そこで、レシピ本を作って家庭に無料で配ったところ、ゼリーは爆発的な人気商品になったというのです。

 しかし、この例は、情報の無料提供とは違います。

 第1に、本当に売りたいのはゼリーであって、これは無料では配っていません。レシピ本は「販促」あるいは「広告」であり、これを無料で配るというのは、ごく普通のことです。それに対して、ラジオやテレビの場合には、提供するメインのサービスを無料にしているのです。

 第2の違いは、無料で配っているレシピ本は印刷物なので、沢山配ろうとするとコストがかかります。経済学の言葉でいえば、限界コストがゼロではありません。だから、いくらでも配るというわけにはいかないのです。

 それに対して、ラジオやテレビの場合には、視聴者が増えても、それに見合ってコストが増加するわけではありません。経済学の言葉でいえば、限界コストがゼロなのです。だから、視聴者をいくらでも増やせます。そして、視聴者数が多くなるほど広告の効果は上昇するのです。

◆インターネットでもビジネスモデルが重要だった

 1990年代に、新しい情報通信手段として、インターネットが登場しました。

 これまで見てきたように、中国のリープフロッグは、インターネットと密接に結びついています。

 ところで、この連載では、なぜ中国でインターネットの利用がこれほど進んだかについて、「中国は固定電話の時代を経験していなかったので、一挙にインターネットの利用が進み、その結果さまざまな分野でリープフロッグしたからだ」と説明してきました。

 ただし、よく考えてみると、これだけでは完全な説明にはなっていません。

 なぜなら、「インターネットを用いていかなるビジネスモデルを構築したか」を考える必要があるからです。

 無線の例から分かるように、技術そのものがいかに優れていても、それを用いて収益を得る方法を確立しなければ、社会で広く使われることにはなりません。

 それがなければ、リープフロッグは不可能なのです。

 インターネットについても、ビジネスモデルが重要でした。

 インターネットで採用されたビジネスモデルは、一見したところ、ラジオ、テレビのそれと同じものでした。

 つまり主要なサービスは無料で提供し、広告収入で費用を賄うという方式です。
 
 具体的には、「ウェブでページを開設し、情報を無料で提供する。そして、そのページに広告を載せる」というものです。これは、新聞や雑誌などに載っている広告をそのまま延長したものです。この広告は、「バナー広告」と呼ばれます。現在でも使われています。

 しかし、これによってインターネットの利用が飛躍的に進んだわけではありません。多くの人は自分に関心のない情報を押しつけられていると感じるので、できれば見ずに済ませようと考えるからです。それに、バナー広告は、アクセス数が非常に多いウェブページでしか採算が取れません。

 インターネットでの広告は、従来のラジオ、テレビの広告とは大きく違うものなのです。

 インターネットで成功したビジネスモデルは、ラジオ・テレビ型とまったく同じものではなく、重要な点で差異があります。

 そして、この差異がなければ、インターネットがいまのように広く使われるようにはなっていなかったでしょう。

 この新しいビジネスモデルを切り開いたのがグーグルでした。

◆優れた検索エンジンだが、収益化することができなかった

 グーグルの創始者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、スタンフォード大学の大学院の学生であった1996年頃に、非常に高性能の検索エンジンを開発しました。

 これがいかに強力かを示す例をあげましょう。

 インターネットは一時利用不可能な状態に陥ったことがあります。2000年ごろのことです。検索エンジンの検索結果で目的に関係のないものが結果の上部に並んでしまい、目的のものを見出すことができなくなってしまったのです。

 gooという検索エンジンでNTTの本社を探そうとしたのですが、「NTT」という検索語では見出せませんでした。gooはNTTが開発したエンジンなので、「自分を見つけられないとはなんたること」と、事態の深刻さに驚いたのです。

 そこで、私は、その頃書いた『インターネット「超」活用法』という本で、「ウェブのページ数は、将来ますます増えてゆくだろう。そうした状況で、現在のような形式の検索エンジンが有効に機能するかどうかは、疑問である」と書きました。

 ところが、これを書いた直後に、グーグルの検索エンジンを使えるようになりました。そして、「NTT」というキーワードを入れると、見事、NTT本社がトップに表示されたのです。

 この検索エンジンのおかげで、インターネットを再び使えるようになりました。私は見通しの悪さを恥じるとともに、グーグル検索エンジンの強力さに改めて驚嘆したのです。

 しかし、これほど優れた検索エンジンでありながら、ここから収益を得る方法を見いだすことができなかったのです。

 検索エンジンについて、「囲い込み型」のビジネスモデルが成立しないことは、ほぼ明らかです。もし「検索料」を払わなければならないとしたら、人々はそう頻繁には検索エンジンを利用しないでしょう。その結果、検索エンジンの利用は進まないはずです。

 ペイジとブリンは、検索エンジンのサービスを提供する会社を1998年に設立したものの、収益がない会社でした。

 この会社が存続し得たのは、ベンチャーキャピタルの出資があったためです。ベンチャーキャピタルとは、将来性のありそうな新設企業に対して出資する会社です。

 現在は収益が少なくとも、あるいはグーグルのようにまったくゼロであっても、中核技術が優れていれば、将来それを収益化するビジネスモデルが見いだされて、会社は大きな収益を手にすることができるかもしれません。

 グーグルの場合には、KPCBとセコイアキャピタルというベンチャーキャピタルが、その役割を果たしました。

 グーグル検索エンジンのデモンストレーションを見たベンチャーキャピタリストのアンディ・ベクトルシャイムは、即座に出資を決断し、10万ドルの小切手を切ると言ったのですが、そのときのブリンの答えは、つぎのようなものだったそうです。

「実は、それを受入れる銀行口座がまだないんです」

 これがわずか20年少々前のことであったとは、到底信じられません。グーグルの成長がいかに急激なものであったかが分かります。

(連載第39回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。


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